「おいしい」の提供だけでなく、フードロス削減や農家支援にも目を向ける。コレクティブインパクトアプローチの商品を通じたCSVの実践

  • コミュニティ

2024年07月05日

  • 「おいしい」の提供だけでなく、フードロス削減や農家支援にも目を向ける。コレクティブインパクトアプローチの商品を通じたCSVの実践

日本において、食べられるにもかかわらず廃棄されてしまうフードロスの量は年間約523万トン※1。廃棄される食品はゴミ処理場へと運ばれ、運搬や焼却の際にCO2を排出。また、規格外のために一般に流通することが難しい生産物も廃棄対象となり、生産者の経営を圧迫します。さまざまな面において、フードロスは社会が抱える喫緊の課題です。

こうした社会課題に向き合うため、キリンでは商品を通じたCSV経営の実践として2024年5月、『氷結®mottainaiプロジェクト』を発足。ロングセラーブランド『氷結®』の原料に規格外の果実を使用し、フードロス削減などの社会課題解決や、果実農家の持続可能な栽培支援に貢献する取り組みです。

国内のみならず、世界でもフードロス問題が深刻になっている今。企業として、バリューチェーンを支える生産者や第一次産業を取り巻く課題にどう向き合っていくべきか。

生産者とお客さまを直接つなぐオンライン直売所『食べチョク』の松浦悠介さん(株式会社ビビッドガーデン)、フードロス解決型ブランド『Upcycle by Oisix』の立ち上げ人である東海林園子さん(オイシックス・ラ・大地株式会社)、そして、『氷結®mottainai』の商品開発を担当した山岡加菜が、昨今のフードロス問題とこれからの企業の在り方について、膝を交えながら語り合いました。

  1. 令和3年度推計(農林水産省・環境省)

食の領域において、フードロスは無視できない社会課題

山岡:2024年5月7日に、キリンビールから『氷結®mottainai 浜なし』を発売しました。神奈川県横浜市の特産ブランドである「浜なし」の規格外品を原料として使用した缶チューハイで、1本につき1円を農業支援に活用する予定です。

食の領域においてフードロスは非常に大きな社会課題ですが、このプロジェクトの背景にも農業を取り巻くさまざまな問題があります。その解決支援と経済的価値の創出の両方に取り組まれている2社のご意見をぜひ伺いたく、お声掛けさせていただきました。

松浦:ありがとうございます。ビビッドガーデンは全国の生産者さんから直接お取り寄せができる、『食べチョク』という通販サイトを運営しています。当社はそもそも、“生産者のこだわりが正当に評価される世界へ”を出発点に生まれた企業なんですね。小規模でも生産者の努力が報われ、こだわりが認められ、きちんと稼げる世界を築く。こうした理念を掲げるうえで、フードロスは無視できない課題の一つです。

東海林:私たちオイシックス・ラ・大地の企業理念は、持続可能な食料消費の実現を目指す“これからの食卓、これからの畑”です。食に関する社会課題をビジネスとして解決することをモットーに、私たちもフードロス問題に向き合っています。

特に日本は野菜も果物も見た目のきれいさ、形がそろっていることが重視されますよね。それゆえに生産者も規格外品を売りたがらない。その理由は率直に、利益にならないからです。

松浦:そうなんですよね。だからこそ、『氷結®mottainai 浜なし』のお話には、正直、とても驚きました。生産者さんからすれば、正規品をまずは適正価格で売っていくのが先だったりと、規格外品の取引はセンシティブ。その領域に、大手飲料メーカーのキリンが切り込んだ。これはすごいことだぞ、と。

東海林:それにロット※2の問題もありますよね。私たちもフードロス削減の一助として『Upcycle by Oisix』というブランドを立ち上げていますが、これは規格外品など、これまで見栄えや食感の悪さなどから廃棄されていた食材に、新たな価値をもたらす取り組みです。廃棄されて当然とされてきた食材に新たな価値を付け、新しい食品として生まれ変わらせる。つまりは、食のアップサイクルです。

『Upcycle by Oisix』の立ち上げから3年、これまでに108にのぼるたくさんの商品を開発してきました。規格外品というのは意図せず生まれるものなので、ロットの管理が難しく、一つの商品を大量に、かつ継続的に販売することは難しい。だからこそ、短いサイクルで多くの商品を開発しているわけです。キリンさんはマスマーケット向けの商品が主軸だと思いますが、そのあたりはどうしているんだろう、と非常に気になりました。

※2:同じ条件で作る製品の生産・出荷の最小単位

『氷結®mottainai 浜なし』が約2万2000個※3の廃棄を削減

山岡:おっしゃるとおり、最初は戸惑いましたね。従来の商品とは調達期間が異なり、出荷量にも“揺れ”が生じます。安定供給はメーカーの責任のため、供給量が不透明ななかでの商品開発は苦労したポイントです。

ただ、この取り組みは東海林さんのおっしゃる“新しい価値”に通じるかもしれません。『氷結®mottainai 浜なし』は、規格外品を使用することに意味がある。これは私たちの新しい挑戦です。新しい挑戦だけに、営業も物流も商品への向き合い方が変わりました。

出荷の揺れはサプライヤーにも小売店にも、お客さまにもご迷惑をおかけしかねません。しかし、『氷結®mottainai 浜なし』を販売することがフードロス削減という社会課題の解決につながることへの共感から社内でも前向きな協力を得られ、商品化に至りました。発売時にも、営業から「この商品を売ることが誇らしい」という言葉を多く聞きました。

山岡:そうした新しい価値をサプライチェーンの皆が共有できたからでしょうか。『氷結®mottainai 浜なし』は約2万2000個※3の浜なしを救うことを当初の目標に掲げていましたが、その目標は販売開始から約1週間で達成することができました。

松浦:それは2万2000という数字以上の価値があると思いますよ。私たちが運営している『食べチョク』は通販サイトなので、訪問いただくにはお客さまの能動的な動きが必要です。一方で、『氷結®』という定番ブランドからフードロス削減に貢献できる商品が発売されたということは、私たちが日常的に訪れるスーパーやコンビニに商品が並ぶということ。つまり、お客さまと商品との接点が自然に生まれるんですね。

※3:商品の使用果汁量から算出した、果実量の概算

おいしいお酒の選択肢として、「社会課題解決の一助となる商品」を

松浦:お酒って本来は、おいしいから、または楽しい時間を過ごしたいから飲むものだと思っています。スーパーやコンビニに並んだ『氷結®mottainai 浜なし』のような商品をおいしいお酒の一つとして手に取ることで、結果的に社会課題への取り組みに触れることもできる。お酒を選ぶ際の選択肢が増えることに、大きな意味があるはずです。

山岡:お酒を選ぶ際の選択肢を増やすことも、『氷結®mottainai 浜なし』を通じて挑戦したかったことです。キリングループは、CSV(Creating Shared Value/お客さまや社会と共有できる価値の創造)の実現を目指し、4つのパーパスを掲げています。

キリンビールとしては、特にそのうちの2つ、“酒類メーカーとしての責任”を果たしながら、”コミュニティ“パーパスの目指す「こころ豊かな社会の実現」に貢献したい。それこそが商品を通して人と人をつなぐお酒のポジティブな側面をお客さまに知っていただくことであり、事業の存在意義でもあると思っています。

適正飲酒を守らなければ、お酒が人々の健康に悪影響を与えることも事実。一方で、松浦さんがおっしゃってくれたように、お酒は人と人をつないでくれたり、楽しい時間を生んだり、心豊かな生活に貢献する存在でもあると思うんです。私たちは次世代に、豊かなお酒の文化を継承していきたい。

『氷結®』はこれまで、約100種類の果実を使用して商品づくりを行ってきました。おいしい果物のおかげで成長してきたブランドと言っても過言ではありません。コミュニティや環境における社会課題に向き合いながら、ブランドとして事業を発展させていく方法を考えたときに、果実農家さんや産地に貢献できるプロジェクトにしたいと思ったんです。

そして、実際に商品開発を進めるにあたり、農業を取り巻くさまざまな問題をあらためて認識しました。なかでもフードロスは、食の領域において切実な社会課題だと感じています。若者のアルコール離れもある今、『氷結®』にとって大切な原料産地となる果実農家や地域コミュニティの社会課題の解決という側面を持つこの商品が、お客さまとお酒の新たな接点になってほしい。そう考えています。

サステナブルな商品価値が“買うのをやめない理由”になる

松浦:人々の健康に配慮しながら、お酒のポジティブな面を伝えていく。それはまさに、キリンさんが掲げる社会課題の解決と経済価値の両立につながりますね。フードロスの削減にしても、“廃棄しないために安く売ればいい”ではいけない。課題解決ばかりが先行しては、生産者も企業も立ち行かなくなります。

社会課題解決の目線だけではなく、しっかりビジネスの観点で取り組んでいかないと、生産者の努力やこだわりが正当に評価されず、“生産者は儲からない”という課題は解決できません。

東海林:松浦さんのお話は、お客さまに対しても同様ですよね。生産者の方にも守るべき生活があるように、お客さまにもそれぞれの暮らしがあります。仕事に家庭に忙しく、買い物も料理もままならない。私たちが運営する『Oisix』ではそうした方たちに向けたミールキットを販売していますが、お客さまが重視するのは手軽さとおいしさです。それが大前提にないと選ばれません。

では、私たち企業がフードロスの削減を目指すことは、利益度外視の奉仕活動なのか?というと、そうではありません。フードロス削減をはじめとするサステナブルな取り組みは“買う理由”にはならなかったとしても、“買うのをやめない理由”になり得ると思うんです。

何かしらのきっかけにより、自分たちの食事を見直そうとする。けれど、フードロス削減に貢献できる商品の購入をやめることは、なんだか忍びない。サステナブルな取り組みはボディブローのようにじわじわと効き、結果、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の向上につながるのではないか、と。

山岡:おっしゃるとおりだと思います。『氷結®mottainai 浜なし』は、お酒を選ぶ選択肢とお酒の持つ価値を増やすための挑戦ですが、やっぱり、おいしさが第一。私がこの商品の原料に横浜特産の浜なしを選んだのも、おいしさにこだわったからです。

そこにフードロス削減という価値が付随していますが、事前のユーザー調査から興味深いことがわかりました。この商品がフードロスの削減に貢献することを知る前と知った後では、「知った後のほうがおいしく感じられる」という結果が出たんです。

松浦:社会貢献という付加価値がお客さまの満足度を高めるということが、調査結果として可視化されたわけですね。そうなるとリピーターが生まれやすいですし、商品が売れるごとにフードロスも削減されていく。今は世間にもサステナブルな取り組みが浸透していますから、お客さまにも社会や環境にいいものを選ぶほうが気持ちがいい、という感覚があるはずです。

東海林:その感覚は今後、さらに広まっていくはずです。現代の子どもたちや若年層にとって、サステナブルに対する意識は持っていて当たり前。SDGsが授業に組み込まれていることもあり、その重要性を自然と理解しています。

持続可能な未来を拓く、連携と継続

松浦:“mottainai”の意識、SDGsやエシカル消費も、着実に私たちの暮らしに浸透し始め、変化が起きていることはたしかです。それでも欧米諸国と比較すると、正直、日本はまだ遅れていると感じます。例えば、“未利用魚”という形の悪さや水揚げ量の少なさから廃棄されてしまう水産業界の規格外があります。農作物の規格外に比べると知名度は低いのですが、最近は“未利用魚”を検索する『食べチョク』ユーザーが増えているんですね。確かに認知は高まってきているものの、実際にこうした商品の注文はまだまだ理想から考えると少なく、購入まで至るには越えるべきハードルもあるのが現状です。

東海林:悩ましい問題ですよね。当社の『Upcycle by Oisix』にしても、規格外品は一般に流通している食材よりもコストがかかるのがネックでもあり…。価格もおのずと上がるので、お客さまは買いにくくなってしまいます。

山岡:『氷結®mottainai 浜なし』も同様です。この商品は『氷結®』ブランドの通常商品より、価格が数円高いんです。ただ、それでもお客さまが手に取りやすい値頃感を目指す。開発に当たって苦心したことの一つですが、生産者の方々のためにも、お客さまのためにも、さらには社会課題を解決しながら企業が成長していくためにも、適切な価格設定に努めなければいけません。

東海林:そうした姿勢が、私たちの後押しにもなります。従来の商品よりも、ちょっと高い。けれど、その差額分だけ社会貢献ができる。全国に流通網を持つキリンさんが社会貢献の実感を広げてくださることで、お客さまの理解度がぐっと高まるはずです。

松浦:お客さまとの接点の多さが、大手飲料メーカーの強みではないでしょうか。だからこそ、事業規模にかかわらず、同じ志を持つ企業や行政が積極的に協働していけたらいいな、と思います。私たちビビッドガーデンではフードロス削減に向けた『食べチョク一次産業SDGsプロジェクト』という取り組みを進めていますが、このプロジェクトも賛同いただいた複数の企業と協働しています。

生産者もお客さまも企業もWin-Winの関係を築きながら、かつフードロスの削減を実現するには、1社の力だけでは難しい。自社やサプライヤーの利益のために縄張りを張るようなビジネスモデルでは到底実現し得ず、社会変革に近いくらいの構造を築く必要があると感じています。競合企業とも手を組むくらいの大胆さがなければ、解決し得ない問題だな、と。

山岡:そうですね。農家や生産者さんとの産民連携はもちろんですが、企業同士が連携し、協働することで、社会により大きなインパクトを生み出せますし、課題解決の大きな一手になるはずです。

私たち企業ができることを考えると、連携と同じくらい、継続も重要だと思っているんです。『氷結®mottainaiプロジェクト』も継続的に取り組んでいく予定で、今は第2弾が走り出しているところです。最終的には2027年までに年間150トンの果実のフードロス削減を目指しています。

第1弾の発売を受け、各地のJAから「うちにはこんな特産があるよ」といったお声をいただいていますが、今日また新たに、松浦さんと東海林さんのお話からたくさんの学びをいただきました。

企業としてコレクティブインパクト※4の創出を目指すために、自社の事業での取り組みだけでなく、社会全体での取り組みとして他の団体や企業さまとの連携をとっていくことが重要だと、本日の鼎談を通して感じました。ありがとうございます。そして、この学びも後押しに、この取り組みをさらに発展させていきます。近い志を持つ企業同士として、今後ともよろしくお願いいたします。

※4:企業、NPO、自治体などがコレクティブ(Collective:集合的)に社会課題解決に取り組むことで生まれる成果

松浦悠介さん

株式会社ビビッドガーデン 執行役員。一橋大学を卒業。学生時代4社のスタートアップを経験、EC・メディアを立ち上げマーケティングを学ぶ。外資IT企業へ入社し、新卒初のテクニカルトレーナー職として従事。2018年11月より株式会社ビビッドガーデンに入社し、取締役・マーケティング責任者を経験。現在は同社執行役員として新規事業の戦略の策定や実行を牽引。

東海林園子さん

オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 経営企画本部 グリーン戦略室 室⻑。2006年にらでぃっしゅぼーや(当時)にマーチャンダイザーとして入社。2018年のオイシックス・ラ・大地との経営統合後、2019年よりらでぃっしゅぼーや商品本部⻑を務め、2021年1月よりグリーンプロジェクトのリーダーに着任。2022年11月より、東北大学特任教授(客員)に就任し、同大学の未来型医療創造卓越大学院プログラムにて活動。

山岡加菜

キリンビール株式会社 マーケティング部 ブランド担当。2015年入社。営業担当を経て2019年よりキリンビバレッジのマーケティング部に異動し、『小岩井』ブランドを担当。東日本大震災から10年目に発売された『小岩井 純水東北ミックス』では企画から開発まで統括的に携わり、2020年10月より『午後の紅茶』担当に。2022年10月よりキリンビール『氷結®』担当となり、『氷結®mottainai』の開発に携わる。

※所属(内容)は掲載当時のものになります。

価値創造モデル

私たちキリングループは、新しい価値の創造を通じて社会課題を解決し、
「よろこびがつなぐ世界」を目指しています。

価値創造モデルは、キリングループの社会と価値を共創し持続的に成長するための仕組みであり、
持続的に循環することで事業成長と社会への価値提供が増幅していく構造を示しています。
この循環をより発展させ続けることで、お客様の幸せに貢献したいと考えています。