[食領域]
地域とKIRINの挑戦。日本産ホップを通じた新しいビアカルチャーの創造へ Vol.2
- コミュニティ
2019年10月29日
「日本産ホップを通じて、遠野から日本の新しいビアカルチャーを創造したい」。そんな想いを胸に抱き、農業、人材育成、観光など様々な面からビールと向き合っている人物がいます。
彼の名前は、浅井隆平。KIRINの『CSV戦略部 絆づくり推進室』に所属する社員です。
CSVとは、Creating Shared Valueの略で、「社会と共有できる価値を創造する」という考え方。社会課題への取り組みによる「社会的価値の創造」と「経済的価値の創造」を両立させ、企業価値向上を実現することを目指しています。
現在KIRINでは、CSV活動のひとつとして、ビールの原料になる日本産ホップの生産量減少という問題に取り組んでいます。
日本産ホップの生産量減少の背景には、ホップ農家さんの高齢化による離農や、新規就農者の減少という社会課題がありました。「ビールづくりに欠かせないホップと、それを育てる農家さんを守り、お客様に喜ばれるビールを作り続けるためには何をすべきだろうか?」。
そんな問題意識からスタートしたKIRINのCSV活動について、「ホップの里」として知られる岩手県遠野市を「ビールの里」にするというプロジェクトを進めている浅井に話を聞いてきました。
浅井 隆平
RYUHEI ASAI
CSV戦略部 絆づくり推進室 サプライチェーンチーム 主務 兼 BEER EXPERIENCE株式会社 取締役 副社長
岩手県雫石町出身。
2003年にキリンビール株式会社入社。首都圏エリアの営業を担当したのち、2009年 株式会社横浜赤レンガにキリンビール株式会社から出向。テナント管理、リーシング、お土産商品開発、イベント担当として、横浜のシンボルである横浜赤レンガ倉庫の商業経営を通じて、横浜市のまちづくりに携わる。2013年よりキリン株式会社CSV本部 CSV推進部 キリン絆プロジェクトチームに帰還。現在は2017年から、キリン株式会社(現:キリンホールディングス株式会社) CSV戦略部 絆づくり推進室 サプライチェーンチームの担当として日本産ホップの生産維持、地域活性を掲げ、日本産ホップのブランド化を通じて、日本のビアカルチャーの発展を推進する活動を担当。
ビール大国ドイツより、40年も遅れていた日本のホップ栽培技術
12人の移住者の方がやってきてくれて、遠野のホップ産業は盛り上がってきているという実感はありますか?
浅井:いや、まだ道半ばですね。後継者不足を一時的に食い止めたというのは、ひとつの成果ですけど、栽培面の課題がまだまだで…。当初からいろいろと施策は考えていたのですが、若い農家さんのやる気を活かせない状況が続いていました。
浅井:自分たちのやり方だけじゃダメだということが決定的になったのが、吉田さんとドイツのホップ畑へ視察に行ったときでした。
今、遠野では33戸のホップ農家さんが、合計25ヘクタールの畑で作付けをしています。だけど、ドイツのハラタウというホップの産地では、3人家族で25ヘクタールの畑をやっていたんです。
遠野全体でやっている規模感の栽培を、たった3人で。
浅井:そうなんです。要するに、機械化、高度化が進んでいるんですよね。街にはホップの博物館があって、栽培の歴史が展示されていたんですけど、僕らが遠野でやっている作業って、ドイツでは40年前にやっていた作業と同じだったんですよ。それを目の当たりにしたときに、完璧だと思っていた僕らのやり方が一気に崩れたんです。
40年遅れの農業…。今のままじゃ生産量も上がらないし、農家さんが稼げないと、新たな作り手も生まれてこないと思わされたんですね。
浅井:ええ。生産者の数を維持することも大事だけど、それと同じくらい一人あたりの栽培量を増やす方法を考えるのは重要なんだと痛感しました。
そのためには、僕らだけの力じゃどうにもならないと思ったんです。棚の設計を変えたり、ドイツの機械を購入するためには、ある程度の出資者や融資が必要だなと。それで、吉田さんと一緒に、「BEER EXPERIENCE社(以下、BE社)」という農業法人を立ち上げたのが、2018年のことでした。
BE社は、キリンホールディングス株式会社と農林中央金庫(アグリビジネス投資育成株式会社)が、「ビールの里構想」の実現に向けたまちづくりを加速するために2018年8月6日に出資し、翌年2月19日に設立された。浅井は、キリンホールディングス株式会社より出向という形でBE社の副社長を務める。
ホップづくりとクラフトビール。2つの方向から描く日本のビアカルチャー
浅井:BE社の命題は、「サスティナブルな日本産ホップの生産体制の確立」。そして、日本における新しいビアカルチャーの創造です。遠野を“ホップの里”からもう一歩踏み出した「ビールの里」にしたいんです。
具体的には、どのようなことをされているのでしょうか?
浅井:まず機械化、効率化が可能なドイツ式のホップ畑を作り、『MURAKAMI SEVEN』という品種を育てています。まだ若い株ですが、数年後には立派なホップが収穫できるはずです。
それと遠野市内にあるブルワリーと協力して、フレッシュホップを使ったクラフトビールなどの製造も行っています。
栽培や収穫とは別に力を入れているのは、ビアツーリズムです。農業法人で観光をやっているところって少ないんですけど、やっぱり体験って、その人のビール観を変えると思うんですよ。
例えば、ホップ農家さんの畑を見学すると、ビールを飲むときにその人の顔や情景が浮かぶじゃないですか。それって、単純にビールが美味しくなるし、ビールに対する考えを1段上に上げるきっかけになると思うんですよね。
確かに収穫の現場を見せていただくと、香りや味だけでなく、作られた背景まで含めてビールを楽しめるようになりますよね。
浅井:そうなんですよ。それは、結果として日本産ホップに光をあてることにもなると思うんです。
そうやって、BE社だけではなく、遠野だけでもなく、いずれは日本全体のホップが盛り上がっていけばいいなと思っています。
浅井:僕は、日本のビアカルチャーはまだ未成熟だと思っていて、それはワインと比べるとよくわかるんですよね。
ワインだと、ソムリエやワインアドバイザーの資格を持っていない人でも、「牡蠣にはシャブリだよね」みたいな話をしてたりするじゃないですか。僕は、それがビールの世界でも起こると思っているんです。
資格を取るまでいかない層でも、ビールの違いを楽しめる人が増えるというか。
浅井:はい。世界には100種類以上のビアスタイルがあって、ホップの種類だってたくさんある。その組み合わせの豊富さが知られていけば、自然とビールに対する日本人のリテラシーは上がっていくと思うし、選ぶ楽しさも増えていくと思うんです。
スーパーマーケットでワインが産地やブドウ品種ごとに並んでいるように、いずれはビールの棚もビアスタイルやホップの品種ごとに分けられるようになっていくはずだと思っています。
そうなったら、毎日のビール選びも楽しくなりますし、興味を持ってくれる人も増えそうですね。
浅井:そう思います。逆にいうと、ビアカルチャーはまだ未成熟だからこそ、伸び代だらけだとも思っていて。ワインでいうところのテロワールみたいに、畑の格付けとか、その土地ならではのホップの栽培も可能だと思うんです。
そうやって日本産ホップが盛り上がっていけば、日本独自のビアカルチャーというのが必ず確立されていくと確信しています。
香りや味だけでなく、作られた背景まで含めたビールの美味しさを届ける
10月29日には、毎年恒例の『とれたてホップ 一番搾り』が発売になります。こちらのビールに使われているホップには、遠野に移住されてきた12人の農家さんが栽培したものも使われているんですか?
浅井:はい!しっかり使われています。
それを聞くと、また味わい深い一杯になりそうですね。
浅井:今年のホップも良い出来なので、期待してください!『一番搾りとれたてホップ 生ビール』は、畑で収穫されてから約1時間以内に生ホップを冷凍車に載せて、その日の内に急速冷凍をかけ、早期に各工場で醸造されている商品なので、みずみずしく華やかな香りと、フレッシュな味わいです。
浅井:『一番搾りとれたてホップ生ビール』の発売日前日には、毎年遠野のホテルで“初飲み会”をやっているんです。
そこにはホップ柄のネクタイを締めた農家さんたちが誇らしげに来て、遠野市の方々もたくさんいらっしゃるんですよ。チケット制なんですけど、全部で400人くらいかな。いつも当日までには、完売していて。
それはすごい!収穫祭みたいな場なんですね。
浅井:そうなんです。ホップ農家さんたちを市民が囲んで、みんなで開栓するんですよ。そして、みんなでホップ農家さんに感謝しながら、「今年もありがとうございました!」と言いながら出来たてのビールを飲むんです。
そこで飲むビールは、さぞかし美味しいでしょうね。
浅井:いやぁ、最高ですよ(笑)。
浅井:遠野市のスーパーの中には、発売時に『一番搾りとれたてホップ生ビール』が約1,000ケース並ぶ店もあるんです。それを市民の方々が我先にと買ってくださって、中には親戚や大切な友人に送るという方たちもいらっしゃって。
もちろん、全国各地のスーパーでも買える商品なんですけど、遠野から送られてきた『一番搾りとれたてホップ生ビール』に意味があるんだということで、喜んでいただいています。
地元の人にとっても誇らしい存在なんですね。
浅井:人口約2万6000人の街の名前が入っていて、全国流通しているビールって他にはないですからね。こうやってひとつの街で括ることって、やっぱり遠野のような一大産地じゃないとできないんですよ。
だけど、こんなに地元の方に喜んでいただけるというのは、僕らもやってみて初めてわかりました。遠野の街の元気に繋がる商品なんだなって。だからこそ、その背景までちゃんと伝えていくのも我々の役目だなと思っています。
今日、商品ができるまでの背景を伺って、『一番搾りとれたてホップ生ビール』を飲むのがますます楽しみになりました(笑)。
浅井:ありがとうございます(笑)。最終的に僕たちは、KIRINにしかできないソーシャルグッドなビールを作っていきたいんです。「これを飲む=日本のビアカルチャーが盛り上がる」とか、「これを飲むとホップ生産者が増えて街が元気になる」というところまで接続していける活動をしていきたいと思っています。
それはまさしく、目の前のことをではなく、何十年後を見据えてやっていく活動ですね。
浅井:ですね。故に難しいところもあるんですけど、遠野のホップや『一番搾りとれたてホップ生ビール』がKIRINのCSVを体現する存在になればいいなと思っています。
※所属(内容)は掲載当時のものになります。