ワクワクするビールの未来を。東北のブルワリーと共に創るこれからのビアカルチャー
ビールの原材料であるホップの一大産地として知られる岩手県。この産地を支えてきたキリンビールと、東北クラフトビール界を牽引する「いわて蔵ビール」。2社の出会いは、東日本大震災をきっかけに結成された「東北魂ビールプロジェクト」へ、2017年にSPRING VALLEY BREWERY(以下SVB)が参画したことがきっかけです。クラフトビール文化を発展させるための協働体制について、そして、それぞれの想いを語ります。
佐藤航さん
世嬉の一酒造 3代目(いわて蔵ビール代表)
日本大学農獣医学部・応用生物科学課卒業後、経営コンサルティング会社に勤めた後、2002年「世嬉の一酒造株式会社」に入社し、ビール事業に携わる。茨城県の木内酒造で学びながらクラフトビールの品質向上を目指し、2012年同社の代表取締役社長に就任。
古川淳一
SPRING VALLEY BREWERY ヘッドブリュワー
キリンビール株式会社 技術開発部 醸造研究所に入社。その後、SPRING VALLEY BREWERYの開発プロジェクトに最年少の醸造担当として参画し、コアシリーズの「JAZZBERRY」を開発。2017年10月よりヘッドブリュワーとして、年間数十種類もの独創的なクラフトビール開発に取り組む。
「ビールで恩返しをしたい」という想い
古川:10年前、私は横浜でホップの研究をしていました。岩手のホップセンターやホップ畑には仕事でよく行っていて現地でお世話になった方も多く、震災直後は気が気ではありませんでした。
当時のことでよく覚えているのは、元上司のこと。ホップ研究の第一人者として活躍された方で、その方は震災があった当時に岩手県におられたんですが、ご実家も岩手ということもあって震災後すぐに被災地へボランティアに行かれたんですね。メディアでもまだ被害状況が事細かに報道されてない時で、私も仙台工場に知り合いが多かったので連絡したものの全然つながらなくて。そんな不安な状況下で、上司が「地元のために何かできることを」と、すぐに動き出していたことが印象に残っています。
私自身と東北とのつながりは、ビールやホップでの繋がりがほとんどです。だからそのビールやホップを通じて、東北へ恩返しができればと考えていました。被災地でのボランティア活動ももちろん大事ですが、私は仕事で恩返しがしたいと。キリンがグループ全体で寄付やさまざまな直接的支援をしてきたのも知っています。いろんな応援のかたちがあるなかで、私は自分にできることで東北と関わってきました。
―― 東日本大震災後、いわて蔵ビールが中心となり立ち上がった「東北魂ビールプロジェクト」。その背景にも、応援してくれた人々への“恩返しをしたい”という想いがありました。
佐藤:東北魂ビールプロジェクトの立ち上げは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。震災後、私たち東北のブルワリーはさまざまなかたちの被害を被っていましたが、全国のみなさんに助けられてなんとか経営を維持できたんです。
それと、いわて蔵ビールは、一関市と一緒に2000年からずっと「全国地ビールフェスティバル」を続けていて、そこには毎年全国からブルワリーが集まってくれていました。開催が危ぶまれた2012年8月のイベントにも、結果的にたくさんのブルワリーが参加してくれて、そこでもすごく応援してもらったんです。
東北魂ビールプロジェクトははじめ3社で始めたんですが、秋田あくらビールさんは気仙沼の実家が津波で流され、福島路ビールさんは放射能の風評被害、私たちは地震の被害で設備が壊れ工場が動かせなかったうえに物流自体が止まりピンチに陥っていました。三者三様で大変だったんですが、「応援の恩返しをしたい」と、同じ気持ちを持っていました。何が一番お返しになるだろうと考えた結論が「おいしいビールを提供すること」だったんです。
SVBと東北魂ビールプロジェクトとの出会い
―― 「おいしいビールで恩返しをする」ことを目的として立ち上がった、東北魂ビールプロジェクト。各ブルワリーがお互いの持つノウハウを持ち寄り、勉強会をスタートさせました。
古川:東北魂ビールプロジェクトとの出会いは2017年秋、SVBのマスターブリュワーである田山とキリンビール仙台工場の工場長が、いわて蔵ビールさんを訪ねたことがきっかけでしたね。
佐藤:はい、「私たちがクラフトビール業界にできることはありませんか?」と声をかけてくださって。ただ、正直に言うと、1人か2人でやっている僕らからするとキリンビールさんは規模が大きすぎて、最初はピンとこなかったんですよね。そこでまずは、東北魂ビールプロジェクトのメンバー全員で、仙台工場見学をさせていただきました。その後も、私たちが定期的に行っている勉強会に参加してもらったり、逆に勉強会を開いてもらったり。
古川:私が初めて皆さんとお会いしたのは、SVBが佐藤さんにアプローチした直後の勉強会でしたね。その時に初めて参加させていただいて、それはもう、かなり衝撃を受けました。お互い違う会社でライバルのはずなのに、みんな原料や製法について情報を惜しげなく公開しているんですから。“同業他社とは競うもの”という業界の常識が、私の中で完全に崩れました…。
佐藤:はは(笑)。そういえば、勉強会に参加いただいた時もおっしゃっていましたね。
古川:参加する前は、「自分が何にどう貢献できるんだろうか」という不安はあったんです。クラフトビール業界に貢献するという大きなお題の答えがすぐに出たわけではないのですが、東北のクラフトブルワリーの皆さんと一緒に勉強するなかで、何か新しいことが始まりそうな予感がしました。
佐藤:古川さんをはじめ、SVBやキリンビールの皆さんは、ビールをずっと研究されている知識の深さで、僕たちの偏った考え方をほぐしてくれました。それに、SVBは醸造規模が僕たちと同じくらいなので、共通の課題も多く、相談しやすいんです。
古川:皆さんが私たちを温かく迎え入れてくれたこと、本当にありがたかったです。東北はキリンビールとは縁深い土地なので、これからも協力し合ってお互いに切磋琢磨していけたら嬉しいです。
コラボレーションが新しい風と技術をもたらした
―― 2017年にSVBが加わったことで、どんな変化が生まれたのでしょうか。
佐藤:古川さんたちが参加してくれるようになって一番大きな変化は、アカデミックになってきたことでしょうか。
古川:お、そうですか。
佐藤:それまで各ブルワリーは独自にビールづくりのノウハウを蓄積していましたが、感覚や経験に重きをおいていて体系的ではなかったんですよね。そこへキリンビールさんが僕らのビールを分析・数値化してくれたことで、さらなる技術向上が可能になった。おかげで年々クオリティが上がってきています。
それこそ、うちの工場長は勘と経験でつくるタイプだったんですけど、最近は資料を読んだり、いろんなところに問い合わせたりしてよく勉強していますよ。いい刺激をもらっています。
古川:そう言ってもらえるとありがたいですね。東北魂ビールプロジェクトに参加しているブルワリーさんは多様で、私たちも気づかされることが非常に多いです。それに、私も皆さんのビールづくりに対する想いや責任感に刺激を受けています。
クラフトビールは1社1社が独立した個性で勝負するイメージがありますが、こうして手を組めば、情報発信力が増して、東北という地域の存在感もさらに出てくる。情報交換も有意義ですし、今後の展開にますます可能性を感じます。
―― 東北魂ビールプロジェクトとSVBはこれまで、商品でのコラボレーションも行ってきました。
佐藤:初めて古川さんに会った勉強会の時だったかな。みんなで盛り上がって、「(SVB東京がある)代官山でイベントをしたい」って言ってね。そこで古川さんが「みんなが同じレシピでビールを仕込んでお披露目したらどうか」と提案してくれたんですよね。
古川:そうそう。後日、「代官山でのイベント、本当にできませんかね」ってご連絡いただいたんですよね。「ぜひ、やりましょう!」となって急ピッチで準備して。それから8社が同じレシピで仕込んで出来たのが、2018年3月発売の「東北魂的IPA」ですね。
佐藤:「全部同じ味だったらイベントにならないね」なんて言っていましたが、いざフタを開けてみると、香りも色さえも全然違って。お客さんとしては各社違っておもしろかったと思いますが、ブルワリーにとっては改善点がたくさんあるぞ、と。
古川:「データ間違ってない?」と思ったほどでした(笑)。そのくらいバリエーションが出たので、逆に私たちは技術的な貢献ができるはず、と役目をもらいました。複数年の分析値の蓄積によって、各ブルワリーの特徴や課題もだんだんとわかるようになってきました。
佐藤:完成したビールに対して、ブルワリー同士がそれぞれ意見し合えることもいい効果を生んでいるんですよ。1〜2人ほどの小規模でやっているクラフトブルワリーはどうしても孤独になってしまいがちですが、みんなで意見を交わすことで気づきも得られる。もともと横のつながりはありましたが、東北魂ビールプロジェクトを通じてより絆は強くなったと感じています。
新しいビール文化の創出と、東北復興へ向けて
―― クラフトビール文化と東北のさらなる発展へ向けて。お2人の想いを聞きました。
古川:2018年に「東北魂的IPA」、2019年に「春霞IPA」、2020年に「SMaSH Pale Ale」、これまで世に出してきた東北魂ビールプロジェクト発のビールは、売り上げの一部を宮城県石巻市のホップ生産団体に寄付をして、震災復興支援の一環として活用していただいています。
ただ、それは“支援するために買ってもらう”のではなく、あくまでおいしいビールを飲んでもらったうえで、その先に応援があるというのが理想です。“支援のため”という理由だけでは、一時的に買ってくれたとしてもずっとは続きません。ビール本来のおいしさを価値として買ってもらうことに本質的な意味があるし、それが結果的に東北への恩返しになると思っています。
佐藤:そうですね。私たちもこれまで応援してくださった全国の皆さんに、やはり「おいしいビール」で恩返しをしていきたい。そして、東北はビールがおいしい地域だと思ってもらえるようにしたいですね。そのために、東北魂ビールプロジェクトは基本に立ち返り、これからも本気でビールづくりを行っていきます。日本一のホップ生産地があって、その周辺では、おいしいビールが作られている。東北がそんな土地になれば素敵じゃないですか。
古川:日本産ホップや東北のクラフトビールの知名度を上げていくことがミッションだと私も思っています。そこからさらに、ビールの楽しさが広がって、新たなビール文化につながっていけたらと。これからも一緒にクラフトビールカルチャーを盛り上げていきたいですね。