サッカーの力を信じて。「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」がつないできた笑顔のパス

キリングループは1978年からサッカーを応援。日本唯一のサッカー統括団体であるJFA(公益財団法人 日本サッカー協会)とは40年以上にわたり、手を携えてきました。その絆から生まれたのが、サッカーの力で被災地の皆さんを応援する「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」です。名称変更とリニューアルを経ながらも、プロジェクトの開始から10年。運営に携わる2人が活動の軌跡を振り返るとともに、未来にもたらすべき価値を語り合います。

池田千佳子さん
公益財団法人 日本サッカー協会(JFA) マーケティング部

2017年より「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」を担当。同部パートナーシップ第1グループでSAMURAI BLUE(サッカー日本代表)やなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)をはじめとする各日本代表の協賛企業に関わる施策の企画・運営に従事。

矢野真梨
キリンホールディングス株式会社 ブランド戦略部

2015年より「JFA・キリン スマイルフィールド」に携わる。「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」にリニューアル以降も担当を続けるほか、サッカー日本代表に関わる活動の企画・運営にも従事。

耳を傾け、寄り添い、被災地の人を笑顔にしたい

―― JFAとキリングループによる復興応援「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」。その始まりは、東日本大震災の発生から約半年後にまでさかのぼります。

矢野:キリングループによる「復興支援 キリン絆プロジェクト」の一環として、2011年9月に「JFA・キリン スマイルフィールド」を立ち上げたのが始まりです。当時は「ビッグスマイルフィールド」ではなく、「スマイルフィールド」という名称でした。キリングループがサッカーの応援を始めたのは1978年のこと。長くサッカーを応援してきたからこそ、私たちはサッカーの持つ力を知っているつもりです。この力によって、被災した子どもたちを笑顔にしたい。プロジェクトの根底にあるのは、その一心でした。

池田:矢野さんがおっしゃる通り、サッカーには人を笑顔にする力があります。子どもたちが少しでも笑顔になれるなら、やはりJFAがすべきことは、サッカーができる環境を提供すること。そこで長年のお付き合いのあるキリンさんと手を携え、岩手・宮城・福島の小学校でサッカー教室を開催しました。サッカー元日本代表選手をコーチとして招き、2017年3月末までに693校、約10万人の子どもたちが参加してくれました。

矢野:私が携わり始めたのは2015年のことですが、当時の担当者が何より大切にしたのが、寄り添う姿勢だったそうです。支援の押し付けにならないよう、被災地の皆さんの声に耳を傾けること。耳を傾け、寄り添う姿勢を大事にしよう、と。サッカー教室という形を取ったのも、現地から聞こえてきた「子どもたちが満足に身体を動かせる環境がない」という声があったからです。

池田:私も矢野さんと同様、このプロジェクトには途中から参加しましたが、被災地の皆さんに寄り添う姿勢は、今も受け継がれていますよね。しかも私たちのような運営スタッフだけでなく、プロジェクトに協力くださる元日本代表のコーチの方々にまで。

矢野:本当にそうですね。「元日本代表が教えに来たぞ!」という雰囲気は微塵もなく、とてもフラットに子どもたちと接してくれて。挨拶の声が小さければやり直しをさせるし、子どもたちがイタズラをすれば注意もします。「参加する全員で、この場を楽しもう!」という、良き先生のような存在。そのとき限りのゲストではなく、このプロジェクトに必要不可欠な一員です。

池田:特に香川真司選手が来てくれたときには子どもも大人も「本物?ウソでしょう!?」という反応で、とても喜んでいただきました。それでも、ひとたびボールを蹴り始めると、香川選手も子どもたちも一緒になって大盛り上がり。純粋にサッカーを楽しんでいるから、子どもたちも自然と肩の力が抜けて、のびのびとプレーできるんですよね。

矢野:何より印象的だったのが、子どもを見守る大人の笑顔です。プロジェクト立ち上げ当時の担当者に話を聞くと、小学校の先生も保護者の方も、口をそろえて「こんなにも元気に笑っている子どもたちの姿は久しぶりに見た」とおっしゃっていたそうです。子どもたちの笑顔は、大人をも笑顔にする。これは大きな気づきでした。2017年からプロジェクト名を変更し、内容をリニューアルしたのも、この気づきと無関係ではありません。

パスのようにつながっていく、笑顔の連鎖

―― 「JFA・キリン スマイルフィールド」は、2017年4月に「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」にリニューアルしました。その理由をお聞かせください。

矢野:震災から丸6年、新たなフェーズに入りつつあるのを感じていました。復興しつつあるところ、なかなか進まないところ。その差が大きく見え始め、特に復興が進まない地域の声に耳を傾けてみると、「仮設住宅では隣人の顔もわからない。このままでは、地域の絆がバラバラになってしまう」と。そこで小学校単位に限定することなく、子どもも大人も、地域のみんなを笑顔にしたいという想いから、リニューアルに踏み切ったんです。

池田:小学校単位のサッカー教室を開催していたころは、子どもたちを笑顔にすることに重きを置いていました。でも、サッカーをする子どもたちの笑顔があれば、大人も自然と笑顔になれる。私たちは「スマイルフィールド」という取り組みを通して、そのことを知っています。保護者の方だけでなく、地域に住む人たちみんなを巻き込めば、もっと大きな笑顔が生まれるのではないか。その想いを込めたのが「ビッグスマイルフィールド」です。

矢野:リニューアル以降はサッカー教室だけでなく、大人も小学生以下の子どもも楽しめるようなアトラクションを用意しました。それに加え、地域の皆さんにも積極的に参加いただけるよう、地元の特産品を味わえる「マルシェ」と称した屋台も開催したんです。

池田:マルシェの開催は大成功でしたよね。おいしさの力を実感しました。地元ではおなじみの特産品であっても、改めて青空の下で味わうと、皆さん、そのおいしさを噛みしめていて。「私たちの地元には、こんなにおいしいものがあったのね!」って、わぁっと笑顔が弾けるんです。

矢野:この笑顔の連鎖って、まるでサッカーのパスみたいなんですよね。子どもたちがボールを蹴り合うことで笑顔が生まれ、それを見守る大人たちも笑顔になれる。マルシェも同様に、地元のグルメをおいしそうに頬張る人たちを見ている生産者の方、調理くださった飲食店の方にも誇らしい笑顔が生まれ、さらに笑顔のパスがつながっていきました。

長い歴史のうえに成り立つ、日本代表戦の一体感

―― 笑顔のパスがつながり、まさに“ビッグスマイル”になったのですね。では、触れ合うことの難しいコロナ禍には、どのような活動をされているのでしょうか?

矢野:ソーシャルディスタンスが求められるコロナ禍では、「ビッグスマイルフィールド」の活動も控えざるを得ない状況です。でも、笑顔のパスは途絶えさせたくない。そこで「ビッグスマイルフィールド」という括りではないものの、やはりJFAさんと手を携え、オンラインで選手と子どもたちをつなぐ催しにチャレンジしました。

池田:サッカー日本代表戦では、JFAユースプログラムを実施しています。選手と子どもが手をつなぎ、一緒に入場する「プレーヤーズエスコートキッズ」もそのひとつです。しかし、2020年は日本国内での国際試合が中止や延期になってしまったため、それらの実施は叶いませんでした。
そこで10月にオランダで開催したSAMURAI BLUEの国際親善試合の時に、試合前の選手とオンライン上でハイタッチができる「SAMURAI BLUEとリモートハイタッチ!」という企画を実施しました。参加してくれた皆さんが笑顔になってくれたのはもちろん、選手も力をもらえたはずです。

矢野:ほかにも子どもたちと現地の日本代表選手をつないだ、「JFAユースプログラム特別編」というオンラインイベントも実施したんです。多くの選手に参加いただきましたが、これがもう、本当に大盛り上がり。特に印象深いのが吉田選手ですが、彼の親しみやすい人柄もあって、子どもたちもすごくリアルな相談をし始めて。「中学生になったらサッカー部に入りたいけど、仲の良い友だちはサッカーに興味がなくて、どうしようか迷っています」なんて(笑)。

池田:吉田選手も「うんうん。そういう悩みってあるよな!」って、すごく親身に答えていましたよね。子どもたちに寄り添ってくれているな、と感じました。実際に触れ合うことはできなくても、選手と会話ができて、相談にまで乗ってくれる。選手と子どもたちの心の距離が縮まっていく様子が印象的でした。

矢野:サッカーから生まれる笑顔のパスは、オンラインでもつながっていく。そう実感しましたね。この影響力の大きさは、JFAさんが日本各地にサッカーを広めてきたからこそ。キリングループでは国際親善試合の協賛もさせていただいていますが、日本代表戦なんて、ものすごい一体感。あの盛り上がりは一朝一夕には叶いません。代表戦はもちろん、私たちの活動に参加くださる皆さんの笑顔を見るたびに、サッカーがこれほどまでに愛されているのは、JFAさんのご尽力があってこそだと痛感します。

池田:キリンさんには40年以上、サッカー日本代表を応援していただいています。2015年からはスポンサーではなく、オフィシャルパートナーという形で協力をいただいていますが、キリンさんとJFAはともにサッカーを広め、愛されるスポーツに成長させてきた仲間だと思っているんです。同時にキリンさんが提供くださる飲料は、スポーツに欠かせない存在。これから先も長く一緒に、サッカーを盛り上げていけたらと思います。

寄り添い続けた先で、ふと思い出される存在に

―― 2021年3月には東日本大震災から10年を迎えます。この10年間で「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」が築いてきたものとは?

矢野:活動を通して見ることのできた、参加者の皆さんの笑顔。この笑顔に少しでも貢献できていたなら、ひとつの成果を残せたのかな、と。その一方で私たちも大切なことをたくさん教えてもらいました。サッカーボールひとつから楽しい時間が生まれ、その時間を共有することが前に進むための原動力になる。このことを教えてくれたのは紛れもなく参加者の方々であり、私たち自身も背中を押されました。「ありがとう」「楽しかったよ」の言葉に励まされ、むしろ元気をもらうような。

池田:本当にそうなんです。参加者の皆さんの笑顔によって、私たちスタッフまで笑顔になれました。そもそも、このプロジェクトに多くの方が参加くださったのも、参加してくださった皆さんが「次もまた来るよ」「今度は友だちも誘うね」と、笑顔のパスをつないでくださったから。そう思うと、私たちがしたことは、ほんのきっかけづくりに過ぎません。でも、サッカーを通じて何かしらのきっかけをつくり、常に寄り添い続けることが大事だと思うんです。

矢野:池田さんのおっしゃる通りです。キリングループでは2019年にコーポレートスローガンを一新。「よろこびがつなぐ世界へ」という言葉を掲げていますが、よろこびをつなげるためには、常に寄り添う姿勢が欠かせません。サッカーにしても、飲料にしても、気づけばそこにある。そうした存在であり続けることが大切なんじゃないか、と。

池田:「友だちと一生懸命、ボールを蹴り合ったな」とか、「元日本代表のコーチが、こんなことを言ってくれたな」とか、ふとした瞬間に思い出す光景が人の背中を押してくれることって、きっとあると思うんです。「ビッグスマイルフィールド」がそうした存在になるには、やはり寄り添い続けること。その結果、日常生活のちょっとした瞬間に私たちの取り組みを思い出していただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

矢野:実は少し前に偶然、まさに嬉しい映像を目にしました。廃校になる東北の小学校を取り上げたテレビニュースでしたが、最後の在校生であるひとりの男の子が、スマイルフィールドで使用していたKIRINのビブスを着ていたんです。調べてみると、その小学校は震災の影響で倒壊。私たちが訪ねた小学校と統合したそうなのですが、その際に譲り受けた備品のなかにビブスがあり、それが今日まで大切に受け継がれていたそうです。

池田:それはとても嬉しいニュースですね。

矢野:私たちが直接渡したビブスでないにせよ、その男の子の手にわたるまで大事に受け継いでくれていたんだなと思うと、本当に感動しました。現地の子どもたちや地域の皆さんに少しでも寄り添えていたのかなと思えましたし、今後も変わらず寄り添い続けることが、私たちの使命だと思っています。