CDP対談(2019年6月)
2019年6月に来日されたCDP会長ポール・ディキンソン氏とキリンホールディングスのCSV戦略担当役員がスプリングバレーブルワリー東京で対談しました
風力発電のクラフトブルワリー
溝内常務:多くの企業や投資家との会合やセミナー・シンポジウムなど忙しい中で時間を取っていただき、ありがとうございます。
ポール・ディキンソン:今日もたくさんのミーティングがありましたが、一日の終わりに素敵なクラフト・ブルワリーで御社と持続可能性について議論できることを楽しみにしてきました。私は、企業が持続可能性をビジネス上の優位性に結びつけることに興味をもっています。航空会社や鉄鋼・セメント業などは温室効果ガスを大量に排出して問題を抱えていますが、キリングループのような飲料事業では温室効果ガスの排出量はかなり少ないのではないでしょうか。そうだとすると、さらに削減するには難しい課題もあるのではないかと思いますがいかがですか?
溝内常務:もともと排出量が多い事業ではありませんが、それでも過去と比べると大きな比率で削減できていますし、今後もさらに削減することを目指しています。
ポール・ディキンソン:使用しているエネルギーは電力とガスですか?
溝内常務:ビールや清涼飲料の製造には加熱のためにボイラーを使いますので、化石燃料の比率がまだ高いのが現状です。温室効果ガスを削減するためにはエネルギーを電力にシフトし、その上で再生可能エネルギーによりつくられた電力を活用することが最も効果的だと考え、取り組みを開始しています。
ポール・ディキンソン:なかなかすぐに達成できる目標ではないかも知れませんが、キリングループがカーボンニュートラル※1を達成したら素晴らしいことだと思います。
溝内常務:実は、このスプリングバレーブルワリーで使用している電力は既にすべて再生可能エネルギーで、横浜の風力発電よる電力証書で100%賄っています。しかし、大規模な醸造所の場合、クラフトビールの小さな醸造所と違って一度にすべてを再生可能エネルギーにするのは簡単ではありません。大きな醸造所では一度設備投資をすると15年~20年は使用しますので、老朽化した設備を更新するタイミングをとらえて、最もエネルギー効率が良く、環境にやさしい設備を導入する方針としています。
ポール・ディキンソン:それらの素晴らしい取り組みにおけるリーダーシップを、御社はステークホルダーと共有されていますか?
溝内常務:お客様だけではなく、サプライヤーや流通などのすべてのステークホルダーに対して共有しようとしています。
温暖化対策を促すグレタさん世代と「脱物質化」
ポール・ディキンソン:温室効果ガスの排出量削減や再生可能エネルギーの導入には多額の投資が必要です。しかし、若い世代は地球温暖化を非常に重要な課題だと捉えているので、この分野でリーダーとなった企業は同業他社に勝ち、多くの消費者から支持されるようになってくると考えています。スウェーデンの16歳の少女グレタさんは、地球温暖化を訴えるために学校でストライキを行い、これに150万人もの学生が参加しました。若い世代が地球温暖化の問題を真剣に考えているのだとすれば、彼らがこの問題についてリーダーシップをとって取り組んでいる企業の製品を選ぼうと考えてもおかしくありません。
溝内常務:若い世代はESG投資※2を実践しているということですね。日本では競争するだけではなく、社会課題の解決のためには協力することも大切だと考えている企業が増えてきています。ビール・飲料業界では製品の配送において競合他社と協力をしています。日本ではトラック運転手のなり手が少なくなって社会問題化しています。共同配送をすることで、温室効果ガスの削減に加えてこの社会課題にも対応できる訳です。
ポール・ディキンソン:一企業としてだけではなく、セクターとして取り組んでいるところが非常に興味深いです。ところで、ビールというのは人々が集まって交流するきっかけを提供するものですよね。現代社会は分断されていますから、他の人たちとの触れ合いに出かけ、御社のビールを飲みながら楽しい時間を過ごすことは素晴らしいことだと思います。たくさんのモノを消費すると、地球の負荷となって気候変動に影響を与えかねませんが、このブルワリーで楽しい時間を過ごすのであれば大きな負荷にならないと考えてよいのではないでしょうか?
溝内常務:「脱物質化」のことですね。このスプリングバレー・ブルワリーはまさにそのモデルとなりますね。ビールは醸造所で生産したものをお客様が飲まれる場所まで運ぶことが必要ですが、液体は重いので、運ぶには大量のエネルギーが必要です。さらにパッケージも必要になります。スプリングバレー・ブルワリーのような場所では醸造もここで行いますから、重たいものを遠距離運ぶ必要も、そのためのパッケージングの必要もありません。
ポール・ディキンソン:低炭素化には物質中心の社会から人と人が触れ合うことに価値をおく社会に変えていくことも、有効な取り組みの1つだと思います。このクラフト・ブルワリーは、その良いモデルになっていますね。
ペットボトルリサイクルのモデル国を目指して
溝内常務:今パッケージの話が出ましたが、キリングループは自社で容器包装を開発・設計できる研究所を持っていて、これが他社と差異化できる大きな特徴になっています。国内最軽量の容器包装を多数開発・実用化していて、容器材料の削減、輸送における温室効果ガスの排出量削減やコスト削減を進めることができています。
ポール・ディキンソン:そのことはパッケージに表示して宣伝していますか?
溝内常務:温室効果ガスの排出量削減については表示していませんが、例えば再生ペット樹脂を100%使用したペットボトルを使っているノンカフェインの緑茶には、そのことを示すR100の文字を大きく表示しています。また、紙容器を2020年までにすべてFSC®認証紙に切り替える取り組みをしていて、認証マークも表示しています。しかし、コミュニケーションはまだまだ改善していかないといけないと思っています。
ポール・ディキンソン:ペットボトルのリサイクルについてはいかがですか?
溝内常務:日本のペットボトルの回収率は高いのですが、ボトルからボトルへのリサイクル率はまだ非常に低いのが現状です。軽くゆすぐなどしたきれいな使用済みペットボトルでないと再生ペット樹脂には戻せないので、消費者にも協力をお願いする必要があります。しかし、日本の消費者はリサイクルの大切さや、そのためのルールを守ることの大切さをよく理解していると信じています。この問題に対しても、日本では企業が協力してアプローチしています。将来的には、日本はペットボトルのリサイクスシステムのモデル国となれるよう、がんばりたいと思います。
ポール・ディキンソン:素晴らしい取り組みですね。楽しみにしています。プラスチックの問題はイギリスでも非常に大きな問題となっています。一方で、この問題への解決策を示すことができれば、多くの消費者が御社の製品を購入したいと思うでしょう。消費者が、何を最高の製品だと捉えるかの基準が変わってきていると思います。19年前に「Beautiful Corporations」というタイトルで本を出した際には、サステナビリティ製品の最高のマーケティングの例がハイブリット自動車だと紹介しました。将来は、ゼロカーボンで、容器包装が完全にリサイクルされている御社のビールをその例として紹介できるかも知れません。
- カーボンニュートラル:企業が排出する温室効果ガスのうち、自社で削減できない分を他の場所で実施した削減量や吸収量などで相殺して実質的にゼロとすること。
- ESG投資:環境(environment)、社会(social)、企業統治(governance)に配慮しているかどうかを重視して行う投資。