CDP対談(2019年11月)

2019年11月に来日されたCDPのCEOポール・シンプソン氏とキリンホールディングスのCSV戦略担当役員がスプリングバレーブルワリー東京で対談しました

CDP Chief Executive Officer
ポール・シンプソン氏

キリンホールディングス株式会社 常務執行役員(CSV戦略担当、グループ環境総括責任者)
溝内 良輔

近年の気候変動による自然災害と各国の姿勢の変化

溝内常務:ラグビーワールドカップではイングランドは大善戦しました。開催期間中に日本の人々は訪問客をもてなすために、かなり良い仕事をしたと思うのですがどうでしょうか。
ポール・シンプソン:決勝戦で敗れたことは残念でしたが、イングランドの戦いぶりを誇りに思っています。日本の「おもてなし」も完璧だったと思いますよ。良い雰囲気、清潔さ、そして安全な街。私は訪問するたびに、日本は訪れるべき最高の場所の一つだと実感しています。
ところで、開催中には日本を襲った台風とその被害についてもイギリスでたくさんの報道があり、注目を集めました。
溝内常務:まさに気候危機だと思いました。
ポール・シンプソン:残念なことに、今年は世界中で自然災害が発生しました。ベネチアでは洪水、オーストラリアでは猛暑の影響で森林火災が収束せずにシドニーなどは煙害で500万人もの人々が影響を受けました。昨年「1.5℃特別報告書」が公開されたことで多くのことが動き始めましたが、むしろ世界中の人々はこういった自然災害によって気候変動の問題の深刻さと、それに対応する野心的な取り組みの必要性を実感することになったと思います。
溝内常務:日本でも多くの人が実際に経験し目にすることで、課題の認識が広がっています。
ポール・シンプソン:日本は取り組みを加速させていると思います。昨日出席したシンポジウムでは、日本の新しい環境大臣がSBTイニシアティブ※1の参加企業数で世界一位になりたいと言う話をされていました。TCFD※2でも、200以上の日本企業が賛同を表明しています。
ところで、ワールドカップで唯一残念だったのは、イギリス時間では試合開始が朝の9時だったことですね。イギリス人はラグビーを観戦しながらビールを飲むのが一番の楽しみなのですが、朝から飲むのは少し気が引けましたから。
溝内常務:キリンは日本でハイネケンを販売しています。ハイネケンはラグビーワールドカップのグローバルスポンサーで、期間中の売り上げは3倍になりました。

ブルワリーでのカーボンマイナスへの取り組み

ポール・シンプソン:売り上げにも大きく貢献したんですね。ところで、このスプリングバレーブルワリー東京は、キリンが持つ唯一のクラフトブルワリーですか?
溝内常務:日本では、京都と横浜にも醸造所を持っています。
ポール・シンプソン:京都には行ったことがあります。10年前に日本を訪問した際には新幹線に乗って京都へ行きました。新幹線に乗ることも楽しみの一つでしたから。
溝内常務:京都に来られる機会があれば、ぜひ京都のスプリングバレーブルワリーにもお招きしたいですね。ところで、前回、ニュージーランドのクライストチャーチにあるクラフトブルワリーが再生エネルギー100%のブルワリーであることをお伝えしたと思いますが、数か月前にカーボンニュートラル※3な缶ビールを発売開始しました。さらに、来年からは、オーストラリアのライオンの全てのビール工場がカーボンニュートラルになることを宣言しました。

ポール・シンプソン:それは素晴らしい!オーストラリアでは気候変動に多くの人々の関心が集まっていますからね。
イギリスでも気候変動がもたらす生態系への影響について真剣な懸念が広がっていて、何をどこから買うべきかということについて、消費者の関心が高まっています。その中で、キリンがすでにカーボンニュートラルを実現し始めていると言うことは、素晴らしいことだと思います。イギリスにもたくさんのクラフトブルワリーがありますが、キリンはイギリスには持っておられないのですか?
溝内常務:フォーピュアとマジックロックという2つのブルワリーを所有しています。その中でもフォーピュアは原料の環境配慮を進めていて、廃棄パンを原料としたビールも作っています。
また、アメリカではコロラド州のニュー・ベルジャン・ブルーイングを買収しました。この醸造所も環境意識は非常に高く、再生可能エネルギーの導入を進めています。
ポール・シンプソン:前回お会いした時に、ここスプリングバレーブルワリー東京は、再生可能な電力を100%使っていると言われていましたよね。
溝内常務:はい、証書を使う形で横浜市の風力発電由来の電力を100%使っています。キリンがSBTを取った時の目標は2℃でしたが、できるだけ早く1.5℃を目指したいと思っています。

 

ポール・シンプソン:素晴らしい取り組みですね。私はSBT理事会のメンバーなので、「1.5℃特別報告書」が公表されたとき、SBTもさらに野心的な目標設定が必要だと感じました。既に多くの企業が2℃か2℃をかなり下回る目標を表明していますが、企業が1.5℃に向けた野心的な目標を設定することが重要なのです。
もちろん、達成するにはもう少し時間がかかるでしょうし、課題を解決する方法も見つける必要がありますが。
溝内常務:キリンでは、オーストラリアだけではなくグループ全体で2050年までにカーボンニュートラルを達成したいと考えています。ただしそのためにはたくさんの課題があります。日本では再生可能エネルギーが容易には得られないこともその一つです。
ポール・シンプソン:昨日お会いした環境大臣は凄いエネルギーと熱意を持っておられますね。そこで、私は、エネルギー転換に対する日本のコミットメントが大切であることと、再生可能エネルギーを日本で拡大するためには日本政府の関与が重要であることを説明しました。今年、日本では台風の影響で電力供給に大きな支障がありましたよね。太陽光発電などの分散型エネルギーは、電力供給のレジリエンスを高めることにもつながります。日本は技術の進んだ国ですから、もっと多くの再生可能エネルギーを導入できるはずです。
溝内常務:キリンがオーストラリアなど海外でカーボンニュートラルを進められたのは、安価な再生可能エネルギーが利用可能だったからです。日本でもそうなる必要があります。
ポール・シンプソン:イギリスでは20年前から再生可能エネルギーが普及しています。イギリスの電力の多くが洋上風力発電によるものであり、投資家も活発に資金を投入しています。私も様々な場面で日本政府に働きかけるようにします。
溝内常務:ぜひお願いします。今年、世界中が多くの自然災害を経験したこともあり、人々は地球温暖化を非常に深刻にとらえるようになったと思います。日本の消費者も温室効果ガスの排出を最小化することの重要性を理解しつつありますから、カーボンニュートラルのような商品を受け入れていただけるようになると信じています。

TCFDへの賛同など、キリンの社外への表明について

ポール・シンプソン:近い将来にそうなる必要がありますね。ただ、企業がスコープ3を下げることは簡単ではありません。
溝内常務:事業パートナーの協力が必要ですからね。キリンは環境だけではなく、人権なども含めた調達方針を定めてサプライヤーに示しています。例えば日本では、紙容器については2020年末までにFSC®認証紙にすることを必須としています。オーストラリアとニュージーランドでは、2021年までにSedex100%を目指しています。
さらに、キリングループの長期環境ビジョンの見直しを進めて、より野心的な目標を設定したいと思っています。
また、TCFDについても賛同を表明しました。シナリオ分析についても先進的に取り組み、高い評価を得ました。CDPでの高い評価を得るための活動やTCFDによる分析と戦略への反映によって、レジリエンスを強化したいと考えています。
ポール・シンプソン:私がキリンを高く評価していることの理由がそこにあります。キリンは気候変動の問題を解決しようという強い意志があり、それを社外に示されています。野心的な目標を持ち公表することこそが必要なのです。目標を設定することで、それを実現する方法が見えてくるものです。2050年までにカーボンニュートラルを目指すとなれば、多くのイノベーションが可能となるでしょう。
投資家は、このようなキリンの高いレベルの取り組みを理解していると思いますか?
溝内常務:長期的な投資家には理解してもらっていると思います。ただ、キリンはアルコール事業の比率が高いこともあり、アルコール問題についても適切な対応を取り、投資家の理解を得る必要があります。
ポール・シンプソン:確かにアルコールの問題には配慮が必要でしょう。しかし、生活の質を維持することも大切です。持続可能な世界は、安全で、健康で、リラックスして娯楽も楽しめる世界でありたいと思います。私もそうですが、イギリス人はビールが大好きです。ビールはイギリスの文化の中で重要な役割を果たしています。
溝内常務:では、そろそろ議論はこの辺にして、クラフトビールを楽しむことにしましょう。

 

  1. SBTイニシアチブ:産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑えるための科学的根拠に基づいた温室効果ガスの排出削減目標の達成を推進するために、CDP、国連グローバル・コンパクト、WRI(世界資源研究所)、WWF(世界自然保護基金)の4団体が2015年に共同で設立した組織。
  2. TCFD:2016年に金融システムの安定化を図る国際的組織、金融安定理事会(FSB)によって設立された「気候変動関連財務情報開示タスクフォース(The FSB Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」のことで、2017年6月に以下を目的とした最終提言を公開。キリングループも、この最終提言に従って開示を行っている。
  3. カーボンニュートラル:企業が排出する温室効果ガスのうち、自社で削減できない分を他の場所で実施した削減量や吸収量などで相殺して実質的にゼロとすること。