CSV戦略担当役員メッセージ

Message from the Senior Executive Officer of CSV Strategy

2025年5月30日

キリンホールディングス株式会社
常務執行役員
藤川 宏

「世界のCSV先進企業」の実現に向けて、各取り組みを進化させていく

あるべき姿の実現に向けて、各指針をアップデート

長期経営構想キリングループ・ビジョン2027(KV2027)で掲げる「世界のCSV先進企業」をCSV担当役員としてどのように捉えていますか。

2024年も相変わらず環境は深刻な課題を抱えており、昨年はハリケーンや山火事といった気候変動による災害も多く発生しました。加えて、干ばつなどの影響で、さまざまな原材料価格が高騰しています。原材料が手に入らなければ、当然キリングループも商品を製造して販売することができなくなり、企業の持続性は失われてしまいます。つまり、事業を継続する上でも地球の持続性を維持することは重要なのです。

当社グループは、酒類・飲料・医薬・ヘルスサイエンスの事業活動を通じて社会課題の解決に貢献し、経済的価値を生み出す「世界のCSV先進企業」を目指していますが、この「世界のCSV先進企業」について、私たちはあえて明確な条件を設けていません。なぜなら、社会課題が変わり続ける中で、条件を設けることで意識がとらわれてそれ以外の活動を行わなくなったり、条件を満たした時点で活動を終了したりすることを避けたいからです。私たちが考える「世界のCSV先進企業」とは、当社グループで働く従業員全員がCSV経営を理解・共感して、日々の業務を通じてCSV経営に貢献し、インパクトの大小にかかわらずそれぞれがイノベーティブな取り組みを行うことで社会にポジティブな影響を与え、結果として世界から評価いただく企業であると考えています。長期経営構想の目標年度の2027年も近づいていますが、CSV経営を具現化した価値創造の事例が出てきていると実感しています。

CSVはどのように経営戦略と結びついて、価値創造につながっているのでしょうか。

当社グループは酒類・飲料、医薬に加え、ヘルスサイエンスをもつ多様で盤石な事業ポートフォリオと、発酵・バイオテクノロジーを中心とした技術力や多様な人財力を結集してCSV経営を進めています。特にヘルスサイエンス領域においては、2023年に当社グループに加わった豪州のブラックモアズ(Blackmores)は、「People」「Planet」「Community」を持続的成長の柱に掲げ、昨年加わったファンケルの経営も「正義感を持って世の中の『不』を解消しよう」という創業理念に基づいており、各社の経営戦略の中に、当社グループのCSV経営の思いが共有されています。

2024年には、CSVパーパスの各テーマで成果が生まれました。「健康」の分野ではプラズマ乳酸菌が2023年に「恩賜発明賞」を受賞したことに続き、2024年には国立感染症研究所と共同で実施しているプラズマ乳酸菌の医療用ワクチンの開発研究が、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の先進的研究開発戦略センターが公募した「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業」に採択され、今後医薬分野への拡大も視野に入れることになりました。これからも世界で「免疫ケア」の習慣を広め、将来懸念される新たな感染症への対策となる商品開発も目指していきたいと思います。また、ヘルスサイエンス領域の新規事業として、電気の力で減塩食品の塩味やうま味を増強する食器型デバイス「エレキソルト スプーン」の販売も開始し、減塩を進めたいお客様からもうれしい声を頂戴しています。

「コミュニティ」や「環境」の分野でも、「キリンビール 晴れ風」のような地域社会の活性化に貢献するようなビール商品の販売、あるいは「キリン 氷結®mottainai」のようなフードロス削減と原料生産地の農家の方々を支援する商品も、流通企業・消費者の方々に好評をいただきました。これからも地域社会や環境の課題を解決しながら経済的価値を創出する商品開発やバリューチェーンの生産性向上につながるような活動に取り組んでいきます。

当社グループのCSVの取り組みは、人財強化にもつながっており、特にここ数年の新入社員あるいはキャリア採用においては、「キリングループがCSV経営を柱として、社会課題の解決に努めているから一緒に働きたい」という声が増え、CSV経営を推進していく上でも大きな力になっています。

これからも、当社グループの強みである技術力・多様な人財力を活用してイノベーションを起こし、持続的な企業価値向上にチャレンジしていきます。

2025年2月に公表された新しい持続的成長のための経営諸課題(グループ・マテリアリティ・マトリクス、以下GMM)について、どのようなフローで更新はされたのでしょうか。

まず私が管掌するCSV戦略部で世の中にどのような経営課題があるのかを第三者的な目線で把握し、それが自社にどのくらいインパクトがあるか精査します。それを経営戦略会議やCSV委員会などで議論し、最終的に取締役会で決定しています。

今回発表したGMMは、ファンケルを連結子会社化する前から検討を始めており、項目自体は昨年までと大きくは変わっていません。そのため、現在引き続き、事業基盤が整ったヘルスサイエンス事業のGMMを精査中です。また、GMMの見直しはこれまで3年に1度、中計の策定に合わせて行っていましたが、これには投資家の方々からもさまざまなご指摘をいただいておりました。変化が激しい環境下で、今後は1年ごとにローリングする3年目標に合わせて、見直す予定です。

CSVパーパスの一部の名称が変更になりました。その理由を教えてください。

今回の大きな変更点は、まず、これまでの「酒類メーカーとしての責任」という文言を、「酒類事業を営むキリングループとしての責任」とした点です。酒類事業を営む企業をもつグループとして、酒類事業以外の事業会社も含めてアルコールの有害摂取の根絶に取り組んでいく決意をより強く打ち出しました。

世界的な課題であるアルコール問題については、当社グループは酒類メーカーの連盟であるIARD(責任ある飲酒国際同盟)に加盟し、適正飲酒、20歳未満の飲酒防止を含む有害摂取の根絶に取り組んでいます。IARDは、ノンアルコールを含む酒類製品に20歳未満防止のメッセージを記載することや、バリューチェーン全体でパートナーと協力し、責任ある飲酒への取り組みを進めています。デジタルマーケティング領域では20歳以上の方に届くように5つの基準を設け、2024年にはIARD加盟企業のデジタルマーケティングで98.2%の遵守率となりました。当社グループでも引き続き広告や販売において、ノンアルコールも含めた酒類の責任あるマーケティングを引き続き推進していきます。

例えば、適正飲酒啓発では、ノンアルコールビール「グリーンズフリー」の飲酒運転根絶動画配信で15万人以上の視聴を獲得、従来から実施しているビール工場での啓発だけでなく、企業や大学へ出張して行う適正飲酒啓発セミナーへも数多く参加いただき、責任ある飲酒の理解を深めていただくことにつながりました。

日本でも2024年2月に厚生労働省から、国民それぞれの状況に応じた適切な飲酒量・飲酒行動の判断に資する目的で、「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」が発表されました。一方で、アルコールはこれまで人と人のつながりを醸成するという役割も果たしてきました。私たちは、引き続き有害摂取の根絶に取り組んでいくとともに、適切な飲酒を通じて社会のよろこびに貢献するお酒の文化の醸成に寄与していきます。

もう1つの変更点は、GMMで特定した重要な経営課題のうち、どの企業にとっても必要な課題を、「企業としての普遍的な責務」と再整理した点です。「企業としての普遍的な責務」の中には、「人権の尊重」「ガバナンス」「人財育成」などが含まれています。企業が社会の一員として責任を果たし、ステークホルダーのニーズを考慮し、倫理的な行動をとることを普遍的な責務と整理しました。

実践的な取り組みと高度な情報開示で「世界のCSV先進企業」の実現を

キリングループが目指す非財務情報の開示レベルを教えてください。

私たちは、サステナビリティ基準審議会(SSBJ)が2025年3月に公表したサステナビリティ開示基準に準拠すべく、準備を進めています。情報開示はステークホルダーとのエンゲージメントにとって重要であり、企業の透明性が向上し、信頼関係が強化されます。当社グループとしては、早くから準備を進め、社内のデータ収集の効率化と投資家の方々にとって有用な開示を早期に実現し、さまざまなステークホルダーからのご意見を経営に生かしていきたいと考えています。そのため、分かりやすく、企業価値につながる開示を目指していきます。

現時点での非財務分野での取り組みの進捗を教えてください。

非財務データの収集は難易度が高く、また開示では、枠組みの全体像は見えているものの細かなルールなどには流動性があり、日本語・英語同時開示に向けては対応のスピード感などクリアすべき課題が多いのが正直なところです。現時点では、「環境」においてTCFDおよびTNFDフレームワークへの対応や「ネットゼロに向けたロードマップ」の策定など、世界的に見ても先駆けた開示ができています。また、GHG削減の取り組み自体も順調に進み、グローバルで高い評価をいただいています。一方で、これまでは比較的早く実現でき、削減効果の高いところから進めてきたことにより、今後、取り組みの難易度は上がり、必要なコスト増加も予想されます。そのため、私たちは、取り組み自体の質を高めていきたいと考えており、例えば、容器包装の分野ではケミカルリサイクルにチャレンジし、ペットボトルの資源循環の仕組みづくりを進めています。これは世界的にも類を見ない取り組みですが、こうしたイノベーションによってCSV先進企業として存在感を示していければと考えています。

「生物多様性」においては、当社グループでは2010年にCOP10が行われて以降、生物多様性の指針や調達ガイドラインなどを作成して取り組んできました。生物多様性は、課題としてはグローバルで共通するものではあるものの、天候や水資源の豊富さなどは地域によって異なるため、課題への取り組みとしては各地の特性に合わせて対応し、知見を蓄積した上で横展開していきたいと考えています。代表的な例がメルシャンの所有する椀子(まりこ)ヴィンヤードです。ここはメルシャンが自社で運営するワイン用のブドウを育てる畑で、垣根栽培や草生栽培によって豊かな生態系を育んでおり、環境省の自然共生サイト30by30にも登録されています。椀子ヴィンヤード自体の面積は決して大きくはありませんが、ここで得た知見を他の農地などに広げることで、社会貢献の範囲は広げていけると考えています。2025年2月には山梨県の城の平ヴィンヤードも自然共生サイトに認定され、数少ない「事業を通じたネイチャーポジティブ」につながる事例として認められました。一方で、「キリン 午後の紅茶」で使用している紅茶葉の農園は、私たちの所有ではないため直接コントロールすることが難しくなります。こうした場合にはレインフォレストアライアンスを通じて環境保全や、農園を取り巻く人々のコミュニティをサポートしていくとともに、同様のサポートをベトナムのコーヒー農園にも適用していきます。

「人権」については、国連の「ビジネスと人権の指導原則」に則って、当社グループは2018年に「人権方針」を公表しています。2021年に起きたミャンマーのクーデターによるビール事業撤退の際には、この人権方針に則って速やかに対応することができました。最近は、人権に対する世の中の意識が格段に高まっていると感じます。自社に限らず、私たちに関わる企業、人々も含めて、責任をもって向き合っていきます。

「人財」については、特に当社グループは事業ポートフォリオの変革期であり、事業展開地域や領域が広がってきており、また、新しい価値・イノベーションの創出には「多様性」と「専門性」が今後一層重要になってきます。経営戦略と人的資本投資をしっかり結びつけて取り組んでいきます。

ステークホルダーとの対話から、将来を創造する

6つのステークホルダーとのエンゲージメントについて、最近の取り組みについてお聞かせください。

2024年の代表的な取り組みでは、「お客様」とのエンゲージメントとして、サステナビリティへ高い関心をもつ消費者の意識や購買行動を調査しました。

結論として新しい兆しが見え始めています。例えば2024年に発売した「キリンビール 晴れ風」や「キリン 氷結®mottainai」のように売上の一部が地域コミュニティや原産地農家に還元される取り組みは、消費者の方々が、直接ではなくても、間接的にコミュニティの課題の解決に貢献する商品です。これらは若い世代のお客様や小売業の方々から共感をいただいており、従来商品よりも長く店頭に置いていただけるなどの成功事例が生まれています。ステークホルダーとの対話を通して、未来に向けた取り組みを今から進めていく必要性を改めて感じました。

CSV経営は2013年のスタートから10年以上が経過し、従業員の理解や共感はかなり進んでいます。これからは実践面でさらに進化するステージと認識しています。「世界のCSV先進企業」の達成に向けて、従業員一人一人がアクションを起こしやすい仕掛けを設けることで、当社グループの商品やサービスが、人が生まれてから生涯を終えるまで、いつでもそばにあるような未来をつくっていきたいと考えています。これからも当社グループのCSV経営が生み出す新しい価値にご期待いただきたいと思います。

「お客様」「株主・投資家」「地球環境」「ビジネス・パートナー」「コミュニティ」「従業員」。当社グループのCSV経営の実現のため、事業を通じて関わりを大切にし、新しい価値共創を目指す共通のステークホルダー