CFOメッセージ

2024年5月31日

KV2027実現に向け事業ポートフォリオの検討を継続しながら、
各事業領域の成長と収益力向上に努める

キリンホールディングス株式会社
取締役常務執行役員CFO
秋枝 眞二郎

2022年中計において
短期と中長期の両方を見据えた経営を実践

──2023年度の振り返りを教えてください。

2023年度は売上収益が2兆円を超え、事業利益は過去最高となりました。課題はもちろんありますが、インフレ・コスト高騰が続く中、事業会社各社がコスト削減・価格改定をしっかり実行し、短期的な収益コントロール力が高まってきている実感があります。 

私は多くの事業会社の企画部門を経験した後、キリンホールディングスの企画部門で仕事をする機会に恵まれました。CFOとしても、単なる経理部門の取りまとめ役ではなく、ビジネスとファイナンスをつなげていく役割を意識してきました。また、キリングループの財務部門全体がその意識をもって企業価値向上に取り組むよう組織風土改革を進めていますが、まだまだ成長途上です。財務部門の組織能力をさらに高めていくことで、各事業の稼ぐ力の向上にドライブをかけていく所存です。

──2022年-2024年中期経営計画の現状と課題認識について教えてください。

当社グループでは企業価値向上を目指し、資本効率の観点からROICを、株主価値の観点から平準化EPSを財務KPIとしています。

2023年度における財務KPIの実績は、ROIC8.0%(資本コストWACCは6.0%)、平準化EPSは177円となりました。

ROICは、WACCを上回るリターンを目指して、常に10%以上を目指しています。ただし、成長のためのインオーガニック投資を実行するタイミングでは一時的に低下することはやむを得ません。2023年はヘルスサイエンス事業の将来の核となるブラックモアズ(Blackmores)の取得を有利子負債の増加で実行したため、8.0%と前年の8.5%より一時的に低下しました。しかしながら、当社のDEレシオは借り入れ増加後も0.58と健全性を維持しており、財務規律は守られています。

平準化EPSは、連結事業利益や持分法による投資利益の増加により、前年より6円増加の177円と過去最高となり、稼ぐ力は着実に高まっています。その結果、株主の皆様への還元として最重視している年間配当も2円増の71円と増配を実現しました。

2024年は現在の中計の最終年度となります。医薬事業における新規パイプライン獲得やヘルスサイエンス事業におけるM&Aなど成長投資を優先すべきタイミングと判断しており、ROICは目標の10%には届かない見込みです。ただし、投資から得られるリターンで負債を削減し、早期に目標である10%の水準に回復させます。また、平準化EPSについても、将来の成長に向けて、研究開発費とマーケティング費を増額していることから、前年並みの水準にとどまる計画です。短期と中長期の両方を見据えた経営を行っていますので、ご理解をいただきたいと思います。

当社グループは、酒類・飲料事業の将来への不透明性を踏まえ、発酵とバイオテクノロジーを生かし、40年前から医薬事業を自ら立ち上げ、今では主力事業の一つに成長しました。そして、現在はヘルスサイエンス事業を次の柱に育てることにチャレンジしています。財務規律を保ちながら、既存事業の着実な成長と、将来の主力事業を育成する、「両利きの経営」を進めています。

中長期の事業ポートフォリオについて
領域のステージに応じた適切な投資で、短期の利益創出と中長期の成長を両立へ

──CFOの視点から、中長期の事業ポートフォリオに対する考え方を教えてください。

当社グループは2015年以降、事業ポートフォリオの整理を積極的に実行してきており、現時点では、保有する事業は全てコア事業であると考えています。もちろん、状況は絶えず変化するため、毎年、位置付けの見直しは行っていきます。

まず、今はヘルスサイエンス事業の規模を拡大し、早期に利益貢献させることが最重要の経営課題です。そのため、成長に向けた投資はヘルスサイエンス事業に優先的に振り向けます。次に、医薬事業は現在のグローバル戦略品が堅調なうちに、2030年以降のパイプラインを充実させなければなりません。協和キリンの企業体力に応じた研究開発費投下やM&A投資を継続します。そして、現在の基盤事業である食領域は、安定した利益創出を継続するためにブランド力を高めることが各社共通の課題となっています。そのために十分なマーケティング投資を行いつつ、マーケティングROIの向上にチャレンジします。食・医・ヘルスサイエンスの3つの事業領域それぞれのステージに応じた適切な投資を行うことで、短期の利益創出と中長期の成長の両立を目指します。

  • 財務規律を保ちながら既存事業を着実に成長させ将来の主力事業を育成

──各事業領域について、ROIC改善の取り組みとして事業会社・グループ本社それぞれでどのようなことをしていますか?

ROICは投資効率を高めていくための指標として採用しています。

当社グループ全体としてWACCを上回る10%を常に目指すとともに、新規のM&A投資では5年後に10%を実現できるかを投資判断基準の一つとして設定しています。一方で、業界の特性やライフサイクルによって業界標準のROICは異なります。従って、既存事業については、一律にROIC10%を求めるのではなく、毎年どれだけROICを改善するかを目標としています。

ROICの改善は基本的にビジネスの現場で行われるものであり、事業会社が主体的に取り組みます。グループ本社は各事業会社の課題を一緒に探索し、具体的な解決策の実行をサポートする役割です。

事業会社では、ROIC改善に向けて、その構成要素を因数分解したROICツリーを作成し、その具体的な改善策を積み上げて取り組みます。

具体的には、分母(投下資本)を減らすためには、運転資本の削減(在庫削減、サイト短縮など)、政策保有株式の削減などがあります。分子(利益)サイドでは、マーケティングROI改善や、物流費の削減、売り上げ単価アップなどさまざまな具体策があります。一つ一つは小さな取り組みですが、その積み重ねがROICの改善の近道です。

  • キャッシュアロケーションの優先順位は従前と変わらないが、中長期的な成長のために、人材やR&D、マーティングなど無形資産とヘルスサイエンス事業基盤を拡大などのためのM&A投資によりリソースを割いていく

バランスシート改善について
現金残高の圧縮を達成し、資金の有効活用につなげる

──バランスシート改善の取り組みについてお聞かせください。

2022年中計期間中に1,000億円以上の資産圧縮によるROIC改善を目標としています。2022年から、グローバル・キャッシュ・マネジメント・システム(GCMS)の導入会社を拡大し、各社の余剰資金(リスクに備えた資金)の圧縮を図りました。グループ本社がキャッシュを一括でコントロール(余剰資金の借入と不足資金の貸付)することで2022~2023年の2年間で既に約600億円の現金残高の圧縮を達成しています。昨年買収したブラックモアズも既にこのGCMSを加え、早期に資金の有効活用につなげています。

CCCについては、SAP導入によるプロセス改善によって中計期間累計で200億円の運転資本改善を実現しました。今後はSAP活用やDX推進によるプロセス改善をさらに進め、需給精度の向上や在庫数量の削減を図ることでCCCのさらなる短縮を目指します。

政策保有株式の縮減にも継続的に取り組んでおり、昨年までの2年間で既に150億円を削減し、資本合計に占める割合は議決権行使会社が求める水準を大きく下回り4%程度となっています。取締役会で毎年継続保有の適否の検証を行っており、保有の合理性が認められない銘柄については、今後の取引先との対話を通じて適時適切に売却を進めてまいります。

ROIC改善に向けては、各事業の利益成長に加えて、バランスシートの改善についても積極的に取り組んでいきます。

  • CCC:Cash Conversion Cycle キャッシュ・コンバージョン・サイクル。

──2022年中計におけるキャッシュアロケーションの進捗はいかかでしょうか?

新型コロナウイルス感染拡大の長期化、そして地政学リスク顕在化による世界的なコスト高騰等、想定外の外部要因もあり、中計期間における営業キャッシュフローの合計額は当初計画の7,000億円には届かない見込みです。しかしながら、事業ポートフォリオの入れ替えやバランスシートマネジメントによるキャッシュ創出は順調に進捗しており、営業キャッシュフローの計画乖離をカバーしています。

株主の皆様には安定配当による還元を基本としていますが、適切な成長投資案件がないタイミングでは自己株式の取得も実施しています(直近では2022年に500億円)。財務規律を維持しながら、既存事業の競争力強化には十分な投資を行った上で、将来の成長につながる投資にもしっかりキャッシュを振り向ける、バランスの取れたキャッシュアロケーションを行っています。

成長投資と株主還元について
配当成長と稼ぐ力への投資、両者のバランスを最適化させる

──成長投資の一環として、無形資産への投資(ブランド・研究開発・ICT・人的資本など)の状況について教えてください。

それぞれの事業を成長させるための基盤として、人的資本、デジタルICTへの投資に加え、ブランド育成のためのマーケティング投資、医薬パイプライン拡充などのためのR&D投資を積極的に行っています。

マーケティング投資は、競合と戦うための最低限の投資規模を維持しつつ、お客様理解力を高め、マーケティング施策の質を高めるための取り組みを継続して行っています。

R&D投資は、医薬事業のパイプライン拡充に加え、各事業会社・事業部の研究所において生み出された技術を活用した商品の開発など、事業に直結する研究開発を強化します。特に、次代の成長を担うヘルスサイエンス領域への投資を重点的に行います。

人的資本投資は企業にとって最重要な投資の一つであり、積極的に拡大していきます。機能軸の人財マネジメントを2025年から導入し、専門性を備え、グローバルに戦える人財を育成します。加えて、食からヘルスサイエンス、医にわたるユニークな事業ポートフォリオという特性を生かし、グループ内で計画的に複数の事業経験をすることで一人一人が多様な考え方を身につけることを目指します。専門能力アップと意思決定における多様性の向上によって一人一人が成長することで、企業全体の人財力を高めていきます。

デジタルICTでは、あらゆる分野でデジタルデータ化を進め、最新のAI技術を取り入れていきます。各事業主体で実現可能性の検証を積極的に行うことで、業務プロセス改革による生産性向上と、データ活用による新しいビジネスの創造の両方への果敢なチャレンジを継続します。

──株主還元についての考え方をお聞かせください。また、現在の株価水準について、CFOとしてどのようにお考えでしょうか?

当社グループは株主の皆様への配当による適切な利益還元を経営における最重要課題の一つと考えています。2023年も基本方針に基づいて平準化EPSに対する配当性向40%以上を維持し、前年比2円増配の71円を配当しました。今後も、安定的かつ継続的に配当を成長させていく方針です。一方、配当の元になる稼ぐ力を長期的に成長させるための投資も重要と考えており、両者のバランスを常に最適化してまいります。

現状の株価水準については、株主・投資家の皆様に十分にご満足いただける水準にないことは私ども経営陣も認識しています。KV2027実現に向けて事業ポートフォリオの検討を継続しながら、各事業領域の成長と収益力向上に取り組み、株主価値の増大に努めてまいります。中でも将来を担うヘルスサイエンス領域の成長と収益拡大の可能性をご理解いただくとともに、早期に実績をお示しすることが現状では最も重要なことだと考えています。