社外取締役インタビュー

2024年5月31日

社外ならではの視点を提供し、
成長戦略の実現に向けた議論の活性化を図る

独⽴社外取締役(指名・報酬諮問委員会委員)
片野坂 真哉
ANAホールディングス株式会社 取締役会長(現任)。 2020年に東京海上ホールディングス株式会社社外取締役(現任)、2023年より当社の社外取締役を務める。

新規事業であるヘルスサイエンスへの参入を評価

――社外取締役就任から1年が経ち、キリングループの事業ポートフォリオ経営に対する評価をお聞かせください。

キリングループは、祖業の発酵・バイオテクノロジーをコアコンピタンスとし、酒類事業と飲料事業、医薬事業からなる既存事業、そして新規事業であるヘルスサイエンス事業により事業ポートフォリオを形成しています。食・医・ヘルスサイエンスをそれぞれ単体で見ればキリングループより事業規模の大きな企業は存在しますが、この3つの軸で事業を展開するのは唯一無二であり、非常に「ユニーク」であると思います。

現在、キリングループでは、新規事業であるヘルスサイエンス事業への投資を強化していますが、2023年度末時点ではヘルスサイエンス事業は明確な成果が出ておらず、また協和発酵バイオが2年連続で減損を出したことで、株主をはじめとした資本市場からは厳しい声が上がっています。中長期の成長ドライバーとして位置付けるヘルスサイエンス事業の収益化が遅れていることは事実であり、投資家の皆様から厳しい指摘があるのは当然のことと認識しています。そのため取締役会でもヘルスサイエンス事業の進捗や今後の成長戦略には注視をしており、議論においてもヘルスサイエンス事業についての話題が占める割合は多く、特に2023年度はブラックモアズ(Blackmores)のM&Aがあったため、一層議論に時間が割かれました。

私としては、VUCA時代では既存事業にとどまるのみでは企業のさらなる成長は難しく、場合によっては衰退もあり得ると考えており、キリングループが既存事業の深化と新規事業の探索を掲げ、新規事業としてヘルスサイエンス事業に参入および投資を強化する方針に異論はありません。ただ、新しい取り組みは成果が出るまで時間がかかるため、それまでは、ステークホルダーの皆様からヘルスサイエンス事業に対して賛成意見ばかりでない状況も自然なことだと思います。

私自身の経験を振り返ってみても、私が取締役会長を務めるANAホールディングスが38年前に新規事業として国際線定期便に乗り出した時も似たような状況でした。当時のANAホールディングスは、既存事業の国内線事業ではシェア50%でNo.1を誇りましたが、国際線事業においては既に先発企業が独占的に存在していたため、後発であったANAホールディングスの海外における知名度は低い状態が続きました。そのため、しばらくは「リスクを負ってまで新規事業に挑む必要性はない」という考えが主流で、社内からも国際線撤退論が出たこともありました。

しかし、こうした過去があったものの、その16年後には競合企業2位と3位が合併によって国内線シェアを大きく伸ばしてきたことや、新規航空会社群の参入によって、ANAホールディングスの国内線事業における絶対的な地位は揺らぐ事態となりました。

そのような状況下において、ANAホールディングスの経営を支えていったのが国際線事業でした。日本らしい丁寧なおもてなしサービスが高く評価されるようになったことに加え、「そらとぶピカチュウプロジェクト」などのタイアップ企画によって知名度は上昇。今ではインバウンド需要も追い風となり、かつて30%ほどであった外国人のシェアは50%を超えることもあり、国内外からグローバルな航空会社として認められるまでになりました。そのため2020年に発現した新型コロナウイルス感染拡大の折には、国内線も国際線も人の移動が止まり、厳しい経営難に陥りました。

  • 新規事業に挑戦を続けるキリングループの姿勢に賛同

しかしながら、この状況もいつまで続くかは分かりません。そのためANAホールディングスは既存のエアライン事業や貨物事業に加えて、これからも成長を続けるための新たな遠隔伝送技術を活用した「ANAアバター」や、ゼロ・エミッションな都市型航空交通の実現を目指す「空飛ぶクルマ」の開発などに取り組み、新たなことへの挑戦を続けています。

こうした流れはキリングループにも共通しています。今では既存事業としての位置付けを確立している医薬事業も1982年の立ち上げ時点では新規事業であり、発酵・バイオテクノロジーを医薬品に転用することも浸透するまでに時間がかかりました。それでも、今振り返ってみれば当時の経営陣の決断は正しかったと言えます。

私はこれらの歴史を踏まえて、キリングループが未来を見据えて新規事業に取り組む姿勢に共感を覚えます。そして近い将来、ステークホルダーの皆様がキリングループがヘルスサイエンス事業に参入したことに賛同する時が訪れるであろうと確信に近い思いを抱いております。

取締役会における審議に際して十分な情報提供がある

――キリングループの取締役会に出席されて、感じられたことをお聞かせください。

キリングループの取締役会の特徴は議長が社外取締役であることです。社外取締役が議長を務める会社は国内にありますが、私が取締役会長を務めるANAホールディングスや社外取締役を務める東京海上ホールディングスでは社内取締役が議長であるため、キリングループの体制は新鮮でした。議長が社内の場合は、執行側の思いに近いため議案の実行・実現に向けてポジティブなスタンスから入りやすいという特徴があります。一方、社外の場合には、中立、冷静なスタンスから入るという違いがあると感じました。

もう一つの特徴は、取締役会では基本的に担当役員が社外取締役からの問いに対して直接答弁を行うことです。取締役会で代表取締役CEOからの必要以上の発言がないことにも驚きました。議論の方向性を誘導しない目的もあるでしょう。もちろん、トップが答えるべき重要な論点や質問に対してはCEOが明確に所見を述べています。社内外を問わず闊達な意見交換が行われているため、現状のやり方でも取締役会での議論に大きな不足があるとは思いません。

既に解決済みの課題点ですが、キリングループでは昨年度まで決議事項・報告事項以外の意見交換や情報共有などは取締役会の場外で討議し、自由な発言を促すという観点から発言が議事録に記録されていませんでした。私は今の社外役員はどなたも実に自由に忌憚のない意見を述べており、これを残すべきだと感じていました。どのような議論がなされ、判断が下されたのかという過程はもっとオープンにし、取締役会の透明性も向上させるほうが良いからです。また、記録に残ることで、より責任感をもった発言がなされるようになります。

この意見を同じくする社外取締役が他にもおられ、今年4月から一部意見交換案件についても取締役会で討議し、議事録に記載することとなりました。こうしたキリングループの行動力の早さは頼もしく感じています。

――社外取締役に対する情報提供は、十分になされていますか。

キリングループでは、取締役会開催日の約1週間前に当日のアジェンダや資料が配布されます。この資料とともに、各担当役員や幹部などが議案について説明した動画が配信されることには非常に驚かされました。担当者自らの言葉で語ることで議案に対する熱意が非常によく伝わる素晴らしい取り組みだと思います。
グループの皆さんに触れる機会としては、他にもグループ各社のトップリーダーが一堂に会するグループ社長会議にも参加したほか、グループ会社の工場や事務所、研究所などを視察しました。行く先々で従業員の方から実行しているプロジェクトなどに関するプレゼンを受けるなど、交流機会がありました。さらには、実際の商品の売れ行きや売場づくりの工夫などを視察するために複数店舗の小売店を訪れたことも良い機会となりました。

こうした取り組みによって議案への理解を深めることができ、社外取締役に対する情報提供は十分になされていると私は高く評価しています。むしろ、提供される情報や資料が他社と比較して約2~3倍あり、多すぎるくらいです(笑)。

情報提供においてもう一段レベルを上げるための取り組みとしては、取締役会で扱う議案に対して、取締役会に付議する前のグループ各社内の会議体においての賛成・反対意見の状況を追加情報として提供することが有効だと考えます。仮に満場一致で採択された議案があれば、それはキリングループとして実行すべき案件と社内で判断されたものである可能性が高くなります。そのため、その判断が世間や株主の意見と乖離していないか、一層注意深く見極める必要があります。社内での議論において採択がどのように行われたか、社内からどのような反対意見が出たかを知ることは取締役会の議論を深める上で有用であるため、ぜひ現在の情報に加えて提供してほしいと思います。

  • 社外取締役として、キリングループの実績評価に継続して取り組んでいく

KV2027達成に向けて本気度を表明した新体制

──キリングループのガバナンス体制について、どのように評価されておられますか。

一般的には、初めてコーポレートガバナンス・コードが制定された2015年から日本のガバナンスへの取り組みが始まったとされています。キリングループは、それに遡ること10年以上前からガバナンス強化に取り組んでおり、素晴らしいと思います。

また、取締役会では議長が独立社外取締役であることに加え、役員のスキルの多様性や監査役にエキスパートが多い点などを評価しています。医領域やヘルスサイエンス領域は専門性が高く、私にとって畑違いの分野であるためガバナンスの難しさを感じることもありますが、他の社外取締役をはじめ取締役会のメンバーにはその分野を専門とするエキスパートがおり、心強く感じています。

これらに加えて投資家の声を踏まえながら議論を行っていることから、独立社外取締役(取締役会議長当時)の森正勝氏と独立社外取締役(指名・報酬諮問委員会委員)の塩野紀子氏が、2023年の「統合レポート」で「キリングループのコーポレートガバナンスへの取り組みは世界トップクラスである」と発言していたことに納得感があります。

2024年度には南方健志氏が新たに代表取締役社長COO最高執行責任者に就任しました。2023年の「統合レポート」で南方氏は、当時のヘルスサイエンス戦略担当役員の立場から事業についてビジョンを語っており、またブラックモアズの担当役員でもあります。キリングループが新規事業として注力するヘルスサイエンス領域の担当役員が、新社長に就任したことから、既存事業を強化しつつ、ヘルスサイエンス領域を成長させていくという本気度がうかがえました。

新社長の選任については十分なサクセッションプランの議論があり、指名・報酬諮問委員会からの答申を経て取締役会で決議されました。取締役会は任命・監督の責任がありますので、今後もしっかりと監視・監督していく所存です。

また、磯崎功典氏については今後、代表取締役会長CEO最高経営責任者として、長期経営構想キリングループ・ビジョン2027(KV2027)やその先の長期ビジョン、戦略を策定し、組織の成長をけん引、また特に社外のステークホルダーとの関係の強化を担うこととなります。CEO・COOの二人体制により、早期に成果が実現されるのか、進捗を注視していきます。

今年度も、社外取締役としての役割を果たし、私自身のこれまでの経験と見識を生かしながら経営の基本となる事業ポートフォリオのリソース配分やCSVコミットメントの目標値と実績の評価に取り組んでまいります。