ビール産業と文化の発展・継承のために。イノベーションを生み出す、キリンのクラフツマンシップ
- コミュニティ
2022年11月04日
キリンビールが近年、力を注いでいるクラフトビール事業。2014年に本格参入しましたが、クラフトビールへの取り組みは私たちが脈々と培ってきたビール製造の歴史と地続きであり、同時に『一番搾り』に代表されるマスマーケットに向けた商品にも私たちのクラフツマンシップは宿っています。
キリンのクラフツマンシップとは何を意味し、どう培ってきたのか。共にビールの醸造技術者の経歴を持ち、現在はキリンビバレッジの社長を務める吉村透留、キリンビールの生産本部長を務める横山昌人の話を交えながらお届けします。
メインストリームのビールに宿るクラフツマンシップ
2004年以来、期間限定商品として毎年11月に販売し、今年で発売19年目を迎える、『一番搾り とれたてホップ 生ビール』は、マスマーケット商品ではありますが、日本最大級のクラフトビールともいえるビールです。
その理由としては、ホップは収穫後、品質を保つために乾燥させるのが一般的ですが、この商品はその年に収穫したばかりの岩手県遠野産ホップを使用。キリンビールの特許技術によってホップを急速冷凍し、粉砕した後、丁寧な手作業によって麦汁に投入します。この手作業が、私たちのクラフツマンシップを象徴しています。
「ビールの製造工程が機械化された現代に、あえて手投入をする。『一番搾り とれたてホップ 生ビール』製造におけるホップの手投入は、ひとつの儀式となっており、今年もホップを収穫できたことに感謝し、自然の恵みであるホップに『いただきます』の気持ちを表明する行為です」そう語るのは、キリンビール生産本部長の横山昌人。
ホップの手投入のみならず、キリンが開発したホップの急速凍結技術もまた、クラフツマンシップが反映されています。ホップは自然の恵みであるがゆえに、収穫する年ごとの特徴を持ちます。農産物に生じる不均一を加工技術によって調整し、均一の味わいに仕上げることがマスマーケット商品のセオリーですが、『一番搾り とれたてホップ 生ビール』では、収穫から24時間以内に凍結された、加工の一切ない採れたての香りを保持しているホップを使用するため、毎年少しずつ異なる風味が楽しめます。
自然の恵みに感謝をし、手作業を交えながら、その年だけの味わいをお届けする。『一番搾り とれたてホップ 生ビール』がクラフツマンシップを象徴すると言われる所以です。
一方で、マスマーケット商品において安定した味を徹底することもまた、クラフツマンシップがなければなし得ません。
「ホップだけでなく、麦芽も水もビールの原料は自然の恵み。ビールの香味を決める酵母は微生物です。これらはすべて生き物であり、生き物を相手に全国に9つあるキリンビールの工場で均一な味わいを維持することは、けっして容易ではありません。ブレのない、均一な味わいを常に維持するには、長い経験と高い技術を要するからです」と語るのは、1988年の入社時からからビール醸造に関わり、現在はキリンビバレッジの社長である吉村透留。
つまりは『キリン一番搾り』にも『SPRING VALLEY』のビールにも、キリンが製造するすべてのビールにクラフツマンシップが宿っているということ。そしてその根底にあるのが、綿々と受け継がれる醸造哲学です。
醸造哲学を体現するパイロットプラント
キリンの醸造哲学は「生への畏敬」「Brewingの精神」「五感の重視」の3つから構成されます。自然の恵みを原料に、製造工程においても酵母という微生物の働きを必要とするビールを造るには、生命に敬意を払い、生命の営みを謙虚に学ばなければいけません。その生化学の探究と科学的アプローチの重要性を説いたのが、「生への畏敬」です。
原料にも製造にも生き物を用いることから、ビール製造は気候や温度条件といった環境に大きな影響を受けます。ビール製造は生物、化学、物理といった科学的知見のかけ算。ほんのわずかでも条件が変われば、香味も外観も一気に変化します。この微細な掛け合わせを理解し、人の味覚や嗜好に訴えかけるにはビール製造を単なる技術(Technology)と捉えず、同時に芸術(Art)でもあると認識することが不可欠です。これが「Brewingの精神」です。
そして、ビールが人の味覚や感性に訴えかける嗜好品である以上、最終的なおいしさを見極めるのは醸造技術者の五感です。五感を磨くには醸造の経験を重ね、官能評価の技術を高めるほかありません。その経験と技術を継承することの大切を説いたのが、「五感の重視」です。生化学の探究を重ねながらもビール製造を芸術(Art)と捉え、常に経験を重ねながら感性と技術を磨く。キリンの醸造哲学とは、科学とクラフツマンシップの2本柱といえます。
醸造哲学に基づく科学とクラフツマンシップの2本柱を体現しているのが、パイロットプラントの存在です。私たちは科学技術の進展のために研究開発投資を積極的に行う一方、クラフツマンシップを磨き上げ、それを継承していくため、ビール製造の自動化・大規模化と並行し、小規模醸造施設を運営してきました。小規模醸造施設は新商品開発に向けた試験醸造のみならず、技術者を育成する場としても機能しています。
本格的なパイロットプラントを開設したのは1980年のこと。横浜工場の一角に設立した、仕込み量5KLのプラントでした。1984年には200Lのプラントを増設し、現在は200Lと2KLの2系統を運営しています。また、1988年には京都工場に併設する形で「京都ミニブルワリー」を設立。この「京都ミニブルワリー」は、1999年に稼働を終えた今も、キリンの醸造哲学を象徴する存在です。
クラフツマンシップを培った「京都ミニブルワリー」
「京都ミニブルワリー」設立の構想は1986年に立ち上がりました。1回の仕込み量は10KL、年間の製造能力は5,500KL。大規模工場の10分の1のスケールですが、多品種製造のための酵母培養設備、さらには商業化に十分な発酵・貯蔵能力を備え、より現場に近い環境での試験醸造・新商品開発だけでなく、大規模工場では対応しきれない小ロット・少量品種の製造も可能にしました。
製造工程は自動と手動の切り替えができ、お客様をお迎えするためのゲストコーナーを備えていたことも大きな特徴でした。銅仕込み釜、オープン発酵タンク、酵母培養設備、ろ過装置といった主要工程をワンフロアにレイアウトし、醸造所を訪れたお客様はつくりたてのビールを味わえるだけでなく、ガラス越しに醸造プロセスを見学することもできたのです。
実際に「京都ミニブルワリー」で醸造に従事していた吉村はこう話します。
「科学技術の進展によってビール製造の大規模化・自動化が進む一方、ビールの原料に触れ、醸造工程を目の当たりにし、五感で確かめる機会が希薄になっていたのです。工程の手動化が可能だった『京都ミニブルワリー』は、若手技術者に五感を養う機会をもたらしました。また、ビールを味わったお客様のお声をダイレクトに聞けたことも、私の財産となっています。お客様のお声が、醸造技術者のクリエイティビティを刺激したのです。まるで夢のような醸造所でした」。
醸造技術者たちは五感を研ぎ澄ませながら醸造に打ち込み、“Creation・Culture・Craftsmanship”という3つのCのコンセプトから商品をご提案し、ビールファンの伝説になっている「京都1497」「ハートランドアルト」「シラノ」といった多種なビールが誕生しました。つまりは生化学の探究や技術者の育成のみならず、お客様との直接的な接点を重んじるキリンのマーケティングにも通じ、自社のものづくりを社会にお伝えする場所でもあったのです。
ビールの原料や酵母に直に触れ、五感を研ぎ澄ませながら醸造技術を学び、お客様の声から新たなビールを開発する。これはまさにキリンの醸造哲学である「生への畏敬」「Brewingの精神」「五感の重視」の体現といえます。
技術に裏打ちされた、クラフトビール産業発展への貢献
近年、力を注いでいるクラフトビール事業もまさしく、私たちのクラフツマンシップの現れです。
2015年にオープンした『SPRING VALLEY BREWERY』も、その源流は「京都ミニブルワリー」にあります。現在のクラフトビール事業の構想はこのブルワリー併設店舗『SPRING VALLEY BREWERY』から始まりましたが、テストマーケティングは勿論、ビールの魅力の体験の場としての機能も「京都ミニブルワリー」の思想を継承しています。
クラフトビールの何よりの魅力は、多様性にあります。日本のビール市場全体は下降傾向にありますが、「とりあえずビール」という言葉に代表されるピルスナーの画一的なおいしさだけではなく、“選べる楽しさ”をもたらすことで、ビールをもっと面白くしたい。
そのためには、私たち一社の力だけではなく、独自性に富んだビールを醸造する日本各地、世界各地のブルワリーと手を携え、ビール産業全体をより活性化していく必要があります。
キリングループでは、協力するプレイヤーを増やすために、2014年から国内外のブルワリーとの連携を進めてきました。クラフトビールの国内最大手ヤッホーブルーイングや米国大手ブルックリン・ブルワリーとの資本提携を行うとともに、米国大手のニュー・ベルジャン・ブルーイングなど海外の有力クラフトブルワリーにもキリングループに参画してもらっています。キリンが彼らと信頼関係を結び、“クラフトビールメーカー”の仲間として受け入れられたのも、確かな技術力や挑戦を続けるクラフツマンシップを持っていたからこそでした。
クラフトビール専用の小型ディスペンサー『タップ・マルシェ』もまた、ビールの多様性という魅力をより広げていくための取り組みです。1台に最大4種類のビールを充填することができ、自社や提携ブルワリーのみならず、資本関係のない独立ブルワリーのビールも取り扱っていることが大きな特徴。現在、日本各地から14のブルワリーが参画し、『タップ・マルシェ』は全国約2万軒の飲食店に設置されています。
「各地のブルワリーと手を携え、ビール産業と文化を活性化させる。この『タップ・マルシェ』の取り組みは、キリンのCSV経営の象徴でもあります。こうした取り組みが可能なのは大規模なサプライチェーンを有するキリンだからこそ。私たちが培ってきた科学的知見や技術による協力は、ビール産業と文化の活性化のために不可欠だと考えています」(横山)
その一例が『一番搾り とれたてホップ 生ビール』にも使用している国産ホップ『IBUKI』の提供です。『IBUKI』はキリン独自の品種改良によって生まれましたが、これを各地のブルワリーに提供し、新たなクラフトビールの開発を後押ししています。
また、キリンが有する官能評価の分析技術により、各地のブルワリーが求める香味を実現するためのサポートも行っています。
こうしたことが可能なのは、大規模なビールメーカーでありながら、醸造哲学を軸に面々と受け継いできたクラフツマンシップがあるからです。ビール製造に共に携わってきた吉村、横山は、キリンのクラフツマンシップに基づいたものづくりについて、次のように話します。
「キリンのビール製造には130年以上の歴史があり、130年以上にわたって続けてきた試行錯誤の末に現在の高い品質があると自負しています。品質の高さとはビールの醸造技術だけでなく、ビールの容器にも現れています。中身だけでなく、ビールを構成するすべてを深く追求する。これが私たちが誇るべきクラフツマンシップであり、キリンのものづくりではないでしょうか」(横山)
「私たちはクラフトビール事業に注力するとともに、グループ全体では、発酵・バイオテクノロジーの技術を活用し、ヘルスサイエンス事業に力を入れています。生き物と真摯に向き合い、細部まで精度を上げていく。この細部にわたる探求はサイエンスの姿勢であり、職人の姿勢そのものです。つまりキリンのものづくりとは、ビール醸造に端を発する科学とクラフツマンシップ。私たちは今後もこの姿勢を大切に、成長を続けていきます」(吉村)
プロフィール
吉村透留
1988年キリンビール入社、経営技術開発本部人材開発部へ配属。京都工場、栃木工場を経て、1994年にビール事業本部生産部にてロサンゼルス駐在。帰国後、生産本部の企画業務や福岡工場、海外留学を経て2007年キリンホールディングス戦略企画部。以降Lion社、キリンホールディングスの提携・経営企画業務に従事し、2022年より現職。
プロフィール
横山昌人
1990年キリンビール株式会社入社。技術開発部、米国ロサンゼルス駐在、北陸工場醸造エネルギー担当部長、生産技術開発センター長などを担当。仙台工場工場長を経て、2019年春より現職。
関連情報
※所属(内容)は掲載当時のものになります。