自然資本への積極的な取り組みを通じて
社会へのポジティブインパクトにつなげていく
- 環境
2023年06月05日
キリングループは、CSVを事業運営の根幹に据えて、価値創造のサイクルを回し続けることで、持続的な成長を目指しています。その中で、重点的に取り組む社会課題の一つとして「環境」を設定しています。2020年に発表した「キリングループ環境ビジョン2050」では「ポジティブインパクトで豊かな地球を」を掲げ、「生物資源」「水資源」「容器包装」「気候変動」の4つの課題を設定しました。これらの課題は相互に関連しており、統合的(holistic)なアプローチが必要であると考えています。
相互に関係し合う環境課題に対し、重要性を増す統合的アプローチ
気候変動による温暖化や一日の気温差縮小、降雨量の変化は、農作物や水といった自然資本※1に影響を与えます。気候変動と自然資本は相互に関連しており、どちらか片方ではなく統合的に対応し、解決することが重要です。
一方で、これらの影響には違いがあります。GHGは大気中に拡散されるので、排出された場所にかかわらずグローバルな気候変動につながります。対して自然資本は“場所”に固有なものです。例えば、土地を改変することでその場所や河川にしか存在できない生物多様性の損失につながる可能性があり、影響は場所ごとに異なってきます。気候変動はグローバルな対策が必要であり、自然資本はローカルレベルでの課題の理解と対策が必要となるのです。
当社グループは、環境課題の相互の関連性と統合的な対応が必要であることを10年以上前から理解し、調査を進めてきたことで、気候変動におけるTCFD※2シナリオ分析にも早期に取り組むことができました。さらに、TNFD※3のThe TNFD Forumにも参画し、2022年7月にはTNFDのLEAP※4アプローチに則った開示を世界に先駆けて行いました。
- 自然資本とは、再生可能および非再生可能資源や生態系サービスのフローを社会に供給する自然資産のストック
- TCFDとは、Task Force on Climate-related Financial Disclosuresの略で、G20財務大臣・中央銀行総裁会議の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により、気候変動がもたらすリスクおよび機会の財務的影響を把握し開示するためのガイダンス策定のために設立されたタスクフォース
- TNFDとは、Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの略で、2030年までに自然の減少を食い止め回復軌道を目指すNature Positiveをもたらすよう資金の流れが転換されることを目指し、企業などが自然関連のリスクと依存情報の開示に向けたガイダンス策定のために設立されたタスクフォース
- LEAPとは、TNFDが推奨している企業の自然関連リスクと機会を評価するためのアプローチ
自然資本こそキリングループ事業の土台
当社グループには「生への畏敬」という醸造哲学があります。当社グループの事業である酒類と飲料、医薬は、水と農作物などの原材料を微生物の力で発酵させることで製品にしたものであり、「命からできている」ことに畏敬の念を抱き、科学的に学ぶ必要があるという醸造哲学です。自然の恵みを享受して事業を行う企業として、人々の多様性や自然環境を尊重することを大切にする企業文化につながっていると考えています。大切な自然資本が失われることは当社グループにとって大きなリスクになります。
例えば、「キリン 午後の紅茶」は発売開始当初から”スリランカ産“の紅茶葉を使っており、その事実をマーケティングにも使っています。製法品質表示基準で定められた”日本ワイン“は原料であるブドウの国内や地域の収穫地割合が決まっており、場所に固有の自然資本です。私たちの製品の多くは場所に依存しているために、その場所の原料で製品が生産できなくなると、商品のコンセプトやマーケティングにも負の影響が出ることが想定されます。
次に、事業を安定的に継続するために必要となる長期投資であるESG投資の対象企業から除外されるリスクが想定されます。近年注目が集まっているESG投資ですが、グローバルでは年々全投資額に占める割合は増えています。当社グループでは2018年から継続的にTCFDシナリオ分析を開示しており、バリューチェーンの上流側、つまり原料農産物や水資源に多様なリスクが存在することを把握し、これらにしっかりと対応しています。自社のリスクを開示し、その対応を検討していることを示すことで長期投資家の支援を受け続ける土台が整い、戦略的かつ安定的に事業経営を行うことが可能になります。
自然資本リスクが財務に与えるインパクト
財務の面から見ても、気候変動による農作物収量(大麦、ホップ、ブドウ、紅茶葉など)の減少によるコストインパクト(4℃シナリオ)は、約25~97億円、洪水・渇水による操業停止では洪水約10~50億円、渇水約3千万円~6億円となっており、看過できる数字ではありません。
LEAPアプローチに則った世界に先駆けた試行的開示を実現
TNFDは、2022年3月に、自然関連財務情報の開示フレームワーク案の第一弾であるβ版v0.1の中で企業が自然関連のリスクと機会を評価・把握するための「LEAPアプローチ」を提示しました。これを受けて同年7月の「キリングループ環境報告書2022」で、LEAPアプローチに基づいた情報開示を行いました。これは、TNFD事務局から世界でも初の試みといわれています。
約4カ月という短期間で開示できたのは、当社グループが「生への畏敬」を醸造哲学とし、いち早く自然資本の課題解決に取り組んできたからです。取り組みのきっかけは、2010年に名古屋で開催された生物多様性枠組条約第10回締約国会議(COP10)です。多くの企業が森林活動などに乗り出す中で、当社グループのマテリアリティを踏まえて、対象は原料農産物と水であると判断し、持続的な事業活動に向けて自然資本への対応を本格的に開始しました。2011年には生物資源のリスク調査・評価を行い、2013年には「キリングループ持続可能な生物資源利用行動計画」を発表しました。熱帯雨林の毀損につながる農作物は使用しないという方針を打ち出し、紅茶葉、紙、パーム油をリスク低減すべき生物資源の対象としました。さらに2021年には、上記3点の取り組みが一段落したことも受け、事業と社会課題を考慮しコーヒー豆と大豆を対象に加えています。
原料農産物については、2013年からスリランカの紅茶農園に対してレインフォレスト・アライアンス認証※5の取得支援を開始しています。認証取得のトレーニングでは、生態系の保全に加えて、肥料や農薬の適切な利用、気候変動の影響で頻発する集中豪雨での土砂崩れや肥沃な土壌の流出を防止するために地を這う草を植えることなどを教えています。当社グループの担当者が毎年現地を訪問し、紅茶農園のマネージャーや現地でトレーニングを担当するNGOとの信頼関係の構築と現地の課題把握に努めています。その中で新たに付け加えた活動が、紅茶農園内の水源地の保全です。本年2月には吉村透留キリンビバレッジ社長も現地を訪問しました。
また、GHGを吸収し蓄えるだけではなく、生物の多様性を保全する貴重な森林を破壊しないように、紙容器におけるFSC®認証紙の採用を進めています。日本国内の飲料事業では、紙容器や事務用紙でFSC認証紙または古紙比率100%を既に達成しており、今後は海外事業を含む利用拡大に取り組みます。
さらに、認証パーム油の利用の促進や、コーヒー豆についての、ベトナムにおけるレインフォレスト・アライアンス認証取得支援を開始しています。
その他、シャトー・メルシャンのヴィンヤード※6で、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構との共同研究で生態系調査を実施しています。遊休荒廃地を垣根仕立て・草生栽培のヴィンヤードへ転換することが、良質で広大な草原環境を創出し、多様な生き物を育むことが明らかとなり、論文などでも外部に開示しています。
水については、グローバルの製造拠点での水リスク/ストレス調査を基に、水ストレスの高いオーストラリアの工場ではエネルギー使用量が増える中でも水リサイクルを優先して逆浸透膜を活用した高度用水処理設備を導入・活用し、水ストレスの低い日本では用水のカスケード利用や創意工夫でエネルギー消費が増えない範囲での節水を実施しています。
気候変動対策の緩和策として、省エネに加えて、再生可能エネルギーを工場に導入しています。循環型社会に寄与し、GHG排出量を抑え、自然資本への悪影響を低減する“プラスチックが循環し続ける社会”の実現に向けて取り組みを進めています。
このように、当社グループは国際社会の動向や、環境への影響、事業のマテリアリティを考慮し、持続可能な自然資本の利用と脱炭素社会をリードするための課題解決に向けた取り組みを推進してきました。
- レインフォレスト・アライアンス認証は、自然と作り手を守りながら、より持続可能な農法に取り組むと認められた農園に与えられる認証
https://www.rainforest-alliance.org/lang/ja - ブドウ畑
TNFDへの積極的な取り組みを通じた、自然資本の持続的な利用
気候変動の影響や自然資本の問題は、当社グループだけでは解決できない課題であり、当社グループの領域を超えて社会全体で取り組む必要があります。そのため、自然資本を持続性に利用していくためには気候変動と同様に、企業や投資家、地域社会が自然資本とどのように関わり、依存し、影響を受けているのか、もしくは与えているのかという点について、同じ土台で考える必要があります。TNFDはまさにその土台となるフレームワークであると考えています。
GHG排出量という一つの尺度があり、比較的理解が容易な気候変動に対して、単一の尺度で表せないことが自然資本の難しさです。TCFDのように多様なステークホルダーに受け入れられ、自然資本の情報開示を主流化させるために、一つでも多くの事例を提示することが必要だと考えています。当社グループが率先して事例を示すことで、他企業の参考となり、TNFDが主流化していくことが、社会や環境に対するポジティブインパクトの創出につながると考えています。
フレームワーク作成への参画を通じて社会に貢献
当社グループの環境経営は、優れた開示フレームワークに対応することによってレベルアップを図ってきました。2013年に発表した「キリングループ長期環境ビジョン」は、CDP質問票にある「気候変動問題に対するリスクと機会」の開示に対応する中でマテリアリティを把握し、その課題を解決するためのビジョンとして策定・開示しました。2020年に発表した「キリングループ環境ビジョン2050」は、2017年に最終提言が開示されたTCFDに対応してシナリオ分析を行ってきた課題把握が反映されています。
このように、TCFDやCDPなどの情報開示を通じて、当社グループは自社のリスクや影響を科学的に把握し、それを環境経営に反映し深化させることができました。社会共通のフレームワークができたおかげで、投資家や企業の相互理解が進むとともに、社外からの評価やフィードバックを受けて社内の理解を深めることもできました。
しかし、TCFDも、CDPも、そのフレームワークに開示を求められる側の企業が意見を反映させることはできません。現在開発が進められているTNFDは、フレームワークの作成に企業側の意見を取り入れて作成するオープンイノベーション形式を取っています。LEAPによる試行的開示の結果もTNFDにフィードバックしており、今後もさまざまなパイロットプログラムに参加することで、TNFDのフレームワークをより良いものにしていくことに貢献したいと考えています。
引き続き、私たちがTCFD・CDPに加えてTNFDやSBTs for Nature※7などに積極的に取り組むことで、より良い開示に向けた国際的なルールメイキングやその普及に貢献し、自然資本の持続性を高めるためのポジティブインパクトにつなげていきたいと考えています。
- 気候変動に関する科学的な目標設定であるSBT initiativeに対して、自然資本の持続的な利用に向けて科学的な目標設定に向けた動き
プロフィール
小此木 陽子
キリンホールディングス
2021年キリンホールディングス入社。自然環境学や生態学を専門とし、入社後はキリングループの原材料である生物資源の持続可能性の向上に取り組んでいる。さらに、自然資本をめぐる国際的なルールメイキングにも取り組むことで、持続的な自然資本の利用の主流化やポジティブインパクトの創出も目指す。
※所属(内容)は掲載当時のものになります。