グローバルアプローチのガバナンス体制を構築し
長期的な成功と関係強化を実現
IABメンバー
サー・ロッド・エディントン
代表取締役社長
磯崎 功典
磯崎 キリンホールディングスは、2009年にライオンの株式を100%取得して子会 社としました。子会社化以前のライオンは上場しており、高いレベルのガバナンスおよび内部統制システムを整備していましたので、キリンは、ライオンの取締役会をそのまま維持することとしました。ライオンから学ぶべきことが多くあるはずだと考えたためですが、私たちの決断は正しかったと思っています。当時、独立社外取締役を置き、監督と執行を分離している非上場企業は 非常に珍しかったですね。
エディントン ライオンはキリンホールディングスの子会社になり上場を廃止しましたが、キリンは担当役員や駐在員をすぐに任命し、ライオンの独立社外取締役とともに賢明かつ適切なガバナンス体制の構築を進めてきました。オーストラリアにおける従前のガバナンスが採用されたことで、ライオンの社員に安心感と自信がもたらされたと思います。そして何より、キリングループになって以降のライオンの業績が、キリンの取締役会における判断が正しいものだったことを証明しています。
磯崎 ライオンの会長として、これまで最も力を入れてきたことはどのようなことでしょうか。
エディントン 私はこれまで、CEOのスチュワート・アーバイン、CFOのステファニー・ニクソンをはじめとするライオンの役員とキリンのマネジメントチームが良好な協力関係を築けるよう尽力してきました。また、キリンもそのための体制を構築してきましたので、互いの役員の間で緊密で円滑な関係が実現しています。
磯崎 グローバルビジネスを成功させるためには、グループ各社が全体戦略を踏まえた施策を推進するのはもちろん、現地の実情に即した意思決定を行うことが不可欠です。その意味で、現地子会社の取締役会とCEOは、その子会社と本社をつなぐ重要な鍵を握っていると考えています。
エディントン その通りです。ライオンの幹部役員が日本に赴き、磯崎さんをはじめ日本の経営陣と直接対話することは、非常に重要なことです。磯崎さんは当社のトップミーティングに毎年出席し、当社の幹部役員と直接対話を重ねていますが、目的は同じですよね。
磯崎 はい、対面でのコミュニケーションは、非常に意義があると思っています。豪日経済委員会の会長を長年にわたり務め、両国のビジネスに精通しているエディントンさんは、ライオンにとって理想的な人材であり、会長にふさわしい人物だと考えています。キリンとライオンの橋渡し役として、両社の緊密な連携に大きく貢献しています。
エディントン ありがとうございます。キリンが体制を整備してくれたので、うまく橋渡しをすることができました。また、キリンのグローバルビジネスを成功に導くために、両社の社員が密接に協力してきたことも高く評価できる点だと思います。
磯崎 エディントンさんはライオンの会長職に加えて、21世紀フォックスやスワイヤーグループといったグローバル企業の非常勤取締役や、APECビジネス諮問委員会のメンバーを兼任しています。取締役のポーラ・ドワイヤーさんも、Tabcorpの会長をはじめ、オーストラリア・ニュージーランド銀行の非常勤取締役、豪テイクオーバーパネルのメンバーを兼任しています。そうした重要な役割を果たしながら、非上場企業であるライオンの非常勤取締役をこれだけの長期間にわたって続けてきた理由はどこにあるのでしょうか。
エディントン それは磯崎さんが私たちの意見を尊重してくれるからです。また、ライオンだけでなく、グローバルに事業を展開しているキリングループ全体の成功に向けたコミットメントを共有しているからです。ライオンの代表としての誇りもありますが、いつも私たちをキリングループの家族の一員として接してくれることに感謝しています。
磯崎 IAB(International Advisory Board)※の創立メンバーとして、その有効性をどのように見ているか意見を聞かせてください。
エディントン IABはキリンホールディングスCEOの諮問機関として2012年に設置されました。以来、年2回のペースで開催されていますが、議題はキリングループの継続的な進化と海外展開の拡大に伴って変化してきています。しかし、さまざまな地域で経営を経験してきたメンバーの知見を結集することで、こうした変化にも効果的かつ迅速に対応できています。キリンの海外における評価を向上させ展望を切り開くための新たな解決策について、健全で効果的なアドバイスを行えているのではないでしょうか。
磯崎 全く同感です。IABでは、キリンの東南アジア戦略、贈賄防止対策やコンプライアンス、人権対策、さらには世界的に拡大し、成長機会となっているクラフトビール市場への取り組みなど、グローバルレベルの重要議題を多数扱ってきました。IABによる議論や提言は、非常に建設的です。
エディントン その通りですね。これは建設的な対話に努め、長期的な成功に重点を置いてガバナンス体制を強化してきたキリンの成果の1つだと思います。こうした貴重なミーティングがもたれることで、キリングループは、今後も健全な判断を行えるのだと思います。
磯崎 以前、キリンホールディングスのCEOはIABへの出席は求められていませんでしたが、直接的な対話の機会を設けるために方針を変更しました。
エディントン CEO不在のIABは、ほとんど意味がないというのが個人的な意見です。 IABに磯崎さんがいることは、非常に重要なことです。また、ライオンの幹部が日本を訪れ、公式・非公式に建設的な対話の機会をもつことができるという利点もあります。
※ IAB(International Advisory Board)について
キリンホールディングスCEOの諮問機関として設置。事業の買収・売却をはじめキリングループが推進するグローバル成長戦略や、リスクマネジメント、コーポレートガバナンスについてアドバイス・提言しています。国際経験が豊富で多様なバックグラウンドをもつグローバルメンバー4名と、キリンホールディングスの取締役、執行役員など3名で構成。議長はグローバルメンバーからキリンホールディングスが任命しています。会議は年2回以上開催しており、検討内容はキリンホールディングスのCEOへ正式に報告され、CEOの求めがある場合は取締役会でも報告を行っています。
磯崎 IABの目的は、日本のキリンホールディングスの意思決定プロセスにグローバルな視点・多様な視点を反映することにあります。意思決定に欧米の視点を取り入れることで、対応が後手に回るのを防ぎ、環境変化に先回りして対策を講じています。
エディントン 全くその通りです。キリンは、CEOや役員が多様な情報や考え方を取り入れられるように体制を整備しています。IABやライオンの取締役会も、そうした体制を支える仕組みの1つです。
磯崎 それは重要な点です。多くの投資家から、キリングループが日本の上場企業にふさわしいガバナンス体制を構築しているか、また、今後ガバナンス体制をどのように変えていくのか、さまざまな場面で尋ねられます。こうした質問に対する回答は、例えば外国籍の非常勤取締役を置いているか否かや、その存在を最大限に活かす仕組みの有無など、突き詰めれば取締役会の本質的な機能や構成の問題に関わってきます。実際、なぜキリンホールディングスの取締役会には外国籍の取締役 がいないのかと問われたこともあります。
エディントン IABを設置していることは、そうした質問に対する回答になりますね。
加えて、キリンにおけるIABは、重要な戦略的課題に特化した機関として、キリンホールディングスの取締役会における意思決定をサポートしています。この仕組みはキリンを他の日本企業の中でユニークな存在にしていると思います。
磯崎 IABでの議論の多くはまさに、キリングループのグローバル戦略に反映されています。有望な市場であったミャンマーへの参入に向けた投資をはじめとする東南アジア戦略はその最たる例です。予定通りには進まなかったものの、ベトナムのSABECO(サベコ)への投資に関してもリスクと機会を綿密に検討しました。当然、このときもIABのメンバーから大変貴重なアドバイスを受けました。
エディントン 自由で開かれた会話を促し、画期的なアイデアの創出をサポートする。このことこそがIABの最大の役割であり、キリングループには持続的な成長を実現するための体制がしっかり整備されているといえます。
磯崎 キリングループは2019年、長期経営構想「KV2027」を発表しました。この構想に基づく施策を進める上でのリスクや機会について、エディントンさんはどのように見ていますか。
エディントン 「KV2027」において、前向きに考え行動していくための目標やビジョンが、ライオンの社員はもちろん、グループの全社員に示されたことは非常に素晴らしいと思います。この長期経営構想は、キリンを真のグローバル企業へと導くものであり、それには世界的な成功を持続させる戦略が必要になります。また、株主に対しては、長期的かつ最善の成果を実現せねばなりません。さらに、お客様に優れた商品をお届けし、市場におけるキリンの長期的なプレゼンスを維持、強化していくことなど、企業としての責務も忘れてはなりません。
一方で、課題があることも認識しています。どの企業もテクノロジーの進化やお客様の行動変化への迅速な対応が求められています。私たちのビジネスモデルに支障をきたしかねないこうした変化は、時として苦痛が伴います。ですが、こうした変化をチャンスに変えられなければ、キリンが長期的に生き残っていくことは難しくなるでしょう。
磯崎 その通りだと思います。「KV2027」の柱はCSVです。社会が抱えている課題に解決策を提示し、社会に貢献することは、私が以前から強調し続けている、キリンが追求すべき価値です。そして、この価値を生み出すために、企業理念も見直しました。新しい企業理念は「自然と人を見つめるものづくりで、『食と健康』の新たなよろこびを広げ、こころ豊かな社会の実現に貢献します」です。エディントンさんはCSV活動、特に社会課題の解決に関してどのように考えていますか。
エディントン 長期的に利益を確保して成功を実現していくには、社会的責任を果たし、さまざまなコミュニティの期待に応えることが重要です。それができない企業であれば、お客様はその商品を買わなくなるでしょうし、社員は働かなくなるでしょう。また、地域社会が受け入れてくれることもなくなるでしょう。CSVに対する姿勢を企業理念として明文化することで、これらのリスクを認識していることを示すことになります。社会から信頼を得るためには、理念に沿ってしっかりと経営判断を下し、一貫性のある発言と行動を続けていくことが重要だと考えています。
磯崎 エディントンさん、本日はありがとうございました。
IABメンバー サ ー・ロッド・エディントン
2012年よりライオンの取締役、豪日経済委員会の会長を務める。キャセイパシフィック 、ブリティッシュエ アウェイ ズ のCEO、アンセットオーストラリアの執行役会長を歴任。航空業界への功績から2005年にナイトの称号を授与される。