「再生」から「新たな成長」へと
ステージを進化させ
食から医にわたる独自の事業領域で
社会的価値と経済的価値を
創造していきます
キリングループは、2019年12月をもって「構造改革による、キリングループの再生」をテーマに掲げた「2016年−2019年中期経営計画(2016年中計)」を終了し、同計画におけるすべての定量目標を達成しました。
私が代表取締役社長に就任した2015年当時、グループを取り巻く環境は厳しく、キリンビールやキリンビバレッジなどの国内事業は販売が低迷し、ブラジルキリンやライオン飲料事業では構造的な課題を抱えていました。既に当時中計の目標未達は明らかで、投資家の皆さまから「キリンは一度も中計を達成できていない」と指摘され、株価も低迷が続いていました。
2016年中計の策定にあたっては、グループを再生させるために事業の収益性向上に徹底的にこだわり、やり切るべき重要課題を3つに絞りました。
1つ目は「ビール事業の収益基盤強化」です。特に、グループの根幹を支える国内酒類事業の再成長を最優先課題としました。2つ目は「医薬・バイオケミカル事業の飛躍的な成長」です。協和キリンを中心に展開しているこの事業は、成長ドライバーとなる高いポテンシャルを有しているにもかかわらず、それまでは中核事業として明確に位置づけられていませんでした。しかし、元来キリングループが1980年代から長期的に取り組んできた分野であることから、改めて、酒類・飲料事業に並ぶキリングループの中核事業に位置づけました。そして3つ目は「低収益事業の再生・再編」です。低収益からの再生が果たせなければ撤退・売却もあることを明確化し、退路を断って構造改革を大胆に進めることとしました。
この厳しい計画を実現するためには、まずグループの従業員一人ひとりが本気になって取り組むことが不可欠であると考えました。従業員に対するメッセージの発信や直接対話を通じ、“これをやり遂げない限り、グループの未来はない”という覚悟をもって、改革の重要性を一人ひとりに伝えていきました。また、社内のみならず、社外からもリーダーとなる人材を積極的に登用し、特に強化領域であったマーケティング部門などで組織能力を大きく向上させることができました。
一方、環境変化は待ってくれません。ライオンが豪州でライセンス販売していた海外プレミアムブランドの契約が終了することとなった他、国内ビール事業においては、新ジャンル「のどごし」ブランドが伸び悩むなど、中計スタート時に想定していなかった課題に直面しました。投資家の中には「さまざまな課題も同時に解決できるからこそCEOになったのだろ
う」とおっしゃる方もいました。とにかくスピード感をもって、結果にこだわり、事業会社と戦略対話を密に行いながら改革を推進しました。
各事業会社も従業員一人ひとりも自力を発揮し、3つの重要課題のいずれにおいても大きな成果を上げました。この難局を乗り越えた経験や自信によって実行力が高まり、業績の伸びがモチベーション向上につながるという好循環が生まれました。
ブラジルキリンは売却が完了し、ライオン飲料事業についても売却の方向性を決定しましたが、これらも構造改革によりスピーディーな収益性改善を実現したからこそです。その他の事業は、それぞれ設定した2019年ガイドを上回る水準で目標達成し、既存事業のキャッシュ創出力は盤石になったといえます。また、ノンコア資産の売却を積極的に進め、中計の想定を大きく上回るフリーキャッシュ・フローを創出したことにより、財務基盤を固めるとともに、2019年度には約1,000億円の自己株式取得を行うことができました。
酒類・飲料という盤石な事業基盤に加え、医薬・バイオケミカル事業の飛躍的な成長を実現できるステージとなりました。投資家の皆さまからいただいていた「再生を果たしたことはよくわかったが、ここからどのように成長していくのか」という問いに対する答えを明確にすべきときが来ました。2019年、キリングループは、次の成長に向けて新しい長期経営構想「KV2027」を策定しました。
キリングループが成長していこうとする未来はどのような世界になっているのか。誰も正解を知りません。今後は、益々不確実性の高い時代を迎えます。
足下の環境を見回しても、国内では、少子高齢化、労働力不足があらゆるビジネスに影響を及ぼしています。急速な技術の進化により、産業構造自体も劇的に変化しています。キリングループが展開する事業を取り巻く環境としては、アルコールによる健康リスクに対する意識や、飲料に対する砂糖税等の規制圧力の高まり、医療費抑制政策の進展も見られます。
このように既存事業は大きな環境変化に晒されていますが、課題を機会に変えることができれば、それは新たな成長につながります。既存事業によるキャッシュ創出が十分に見込める今だからこそ、持続的な成長を果たしていくために、長期的な視点で事業ポートフォリオの構築に取り組んでいきます。
キリングループは、酒類・飲料と医薬・バイオケミカルそれぞれで強い事業を保有しているという極めて高い独自性があるグループです。また、これまでも強みである技術力等を活かし、イノベーティブな商品やサービスを生み出してきた実績もあります。そこで「KV2027」では、「2027年の目指す姿」として「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる」というビジョンを掲げました。キリングループが2013年から取り組んできたCSVは、事業を通じて社会課題の解決に貢献し、社会的価値と経済的価値を同時に創出することで、持続的な成長を実現しようという経営の考え方です。自社の利益のみを優先する「社会とのトレード・オフ」によるアプローチでは持続的成長はできません。社会課題を成長機会に変え、社会とともに成長していくCSVのアプローチこそが、不確実性の高い時代に成長を持続するための指針であると考えます。
リスクの観点でいえば、中核である酒類事業を例にとると、WHOにおいて世界的な規模で酒類販売に関する規制が検討されており、この影響が拡大していく可能性があります。今後は、飲酒する人に支持されるだけではなく、飲酒しない人からも支持される企業グループであることが成長の前提になります。
また、長期的に成長を続けていく上で重要なことは、現在のステークホルダーはもちろん、将来世代からも支持される企業グループになるということです。環境をはじめとした社会課題に取り組み、将来の負担をできる限り低減することにより、将来世代の支持獲得にもつなげたいと考えています。
グループ従業員一人ひとりの高い実行力をこの指針に向けていくために、理念体系を再構築するとともに、長期非財務目標を策定しました。理念体系の再構築については、グループの経営理念に「こころ豊かな社会の実現に貢献します」という文言を加え、「社会」との関わりをより強く示しました。この経営理念のもと、「世界のCSV先進企業」を実現するための長期非財務目標が「キリングループCSVパーパス」です。さらに、「CSVパーパス」を遂行するためのイニシアチブが「CSVコミットメント」であり、グループの事業計画に落とし込まれる形になっています。「酒類メーカーとしての責任」を果たすことを前提に、重点課題である「健康」「地域社会・コミュニティ」「環境」の解決に貢献する事業を推進し、リスクにもスピーディーに対処しながら、3つの成長シナリオを実行していきます。
1つ目の食領域(酒類事業・飲料事業)では、お客様との接点であるブランドを強くしながら徹底的に収益力を強化し、外部環境変化に耐えうる基盤を構築するとともに、CSVを実践して新たな成長機会の追求も実行していきます。
2つ目は医領域であり、グローバル市場で価値のある医薬品を提供する真の「グローバル・スペシャリティファーマ」に向けて、グローバル戦略品の展開エリアの拡大など新薬を着実に世界の患者さんにお届けできる体制を整えていきます。
そして3つ目は、将来に向けて「医と食をつなぐ事業」に取り組むことです。
なぜこの領域に取り組むのか。「健康」は、日本だけに留まらず、世界的な社会課題となっています。日本では人生100年といわれる超高齢社会を迎え、いくつになっても健康に暮らしたいと願うアクティブなシニア世代がさらに増える一方で、若い世代においても健康への関心が大きく高まっています。そうした人々の健康な暮らしをサポートする商品やサービスは、生活の質の向上に寄与するのはもちろん、増加する医療費・社会保障費の抑制や、不足する労働力の確保といった社会課題の観点からも極めて重要な取り組みだと認識しています。食から医にわたる領域で強みをもつキリングループの資源を活かし、例えば食を通じた疾患の予防や、病状の進行抑制による健康の維持など、既存の医薬品・食品では十分に満たされない健康課題に対応していくことによって将来のグループの成長の柱となる事業へ育成していきます。
成長シナリオを具現化していくため、イノベーションを生み出す組織能力や技術資産をさらに進化させていきます。キリングループは、これまでも、社会とお客様に対する深い理解に基づき、高度な技術力や研究開発力を駆使し、イノベーションを起こしてきました。一方、業種業界は異なりますが、近年、世界のビジネスにイノベーションを起こしてきたGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などのグローバルプレイヤーに比べると、キリングループには新しい分野に挑戦する組織風土や既存のビジネスを革新する力などがまだまだ足りないと認識しています。
「KV2027」では、「お客様主語のマーケティング力」「確かな価値を生む技術力」「価値創造を加速するICT」「多様な人材と挑戦する風土」の4つからなる「イノベーションを実現する組織能力」を強化していきます。「お客様主語のマーケティング力」については、これまでも強化領域として取り組み、成果を上げてきましたが、今後はマーケティング部門だけでなく、すべての部門においてマーケティングの視点をもちながら業務を遂行していくことで、全社的にマーケティング力を高めていきます。「確かな価値を生む技術力」については、新規事業だけでなく既存事業においても知見や技術の蓄積によって新しいアイデアを生み出していきます。商品・サービスを創り出すためにオープンイノベーションなどグループ外の力も取り入れていきますが、良いパートナーを獲得するためにも当社側の技術力を向上させる必要があります。「価値創造を加速するICT」については、今後を見越すと、大量消費・大量販売を前提とした戦略が通用しなくなってくると想定しています。
ビッグデータを読み解き、個々のお客様の価値観や消費動向を把握して、個別化されたニーズに応える能力をさらに高めていきます。
そしてイノベーションの最大の原動力として重視しているのが「人材の多様性」です。マーケティング力、技術力、ICTについての高度な専門性を有する人材をはじめ、外部からの獲得を推進します。将来的には、外部から登用した専門人材で大半が構成されるような組織があっても良いと考えています。
そのためにも、価値観・考え方、能力・経験などにかかわらず、誰もが働きやすく、能力を100%発揮できる職場環境を整備し、高い専門性やチャレンジ精神あふれる多様な人材が、自ずと集まってくるような会社にしていきたいと考えています。
イノベーションを実現し価値を生み出す組織能力の構築や風土の実現には、長期的な視点を持ち、たとえすぐに目に見える成果が出なくても粘り強く取り組みを継続することも必要です。実際に、協和キリンの有力なグローバル戦略品となったCrysvitaもそうした長期的な取り組みによって生まれた成果の1つです。
「KV2027」実現に向けた最初のステップとして、「2019年−2021年中期経営計画(2019年中計)」をスタートさせました。この3カ年計画においては、「新たな成長を目指した、キリングループの基盤づくり」に取り組んでいきます。最優先課題は、食領域(酒類・飲料事業)と医領域(医薬事業)からなる「既存事業の利益成長」です。
まず、グループの成長を支える事業基盤である食領域をさらに盤石なものとします。「収益性の拡大」「成長による利益創出」「収益基盤改善」に各事業を区分し、収益力を強化していきます。資産効率が高く、市場規模も大きいキリンビール、ライオンは、収益性の拡大を図ります。キリンビールは、主力ブランドへの集中投資により、ビール類、RTD、ノンアルコール飲料の合計販売数量増加を目指すとともに、クラフトビールや国産ウイスキーなどの高付加価値カテゴリーの構成比を高めます。マーケティングROI向上、コスト削減を継続し、増収増益モデルを構築していきます。ライオンは、豪州市場で成長するコンテンポラリー、クラフト、プレミアムカテゴリーの構成比拡大や、国内外における高収益カテゴリーへの資源配分を強化します。キリンビバレッジとミャンマー・ブルワリーは、引き続き成長による利益創出を目指します。キリンビバレッジは、デジタルを活用した統合マーケティングや更なるコスト競争力の強化を行いながら、強固なブランド体系の構築に取り組み、ミャンマー・ブルワリーは、重点的なブランド戦略やチャネル戦略を展開し、市場の伸びを上回る成長を実現していきます。メルシャンおよびCCNNE※は、収益性の改善を図っていきます。
医領域(医薬事業)を担う協和キリンは、グループの中期的成長ドライバーとして、グローバル戦略品の価値最大化により飛躍的な成長を実現するとともに、新たなグローバル
品の開発によりパイプラインの拡充を図ります。
各事業会社が自律的かつスピーディーな経営を進めるとともに、キリンホールディングスは、タイムリーに事業の現状を把握しながら、ガバナンスを発揮していきます。
こうした既存事業の利益成長のもと、複数の「医と食をつなぐ事業」の立ち上げ、育成を図ります。「iMUSE」や2019年よりキリンホールディングスの直接保有となった協和発酵バイオの高機能素材を活用した事業展開を強化する他、一人ひとりの体質や生活習慣に応じた商品・サービスを提供する独自のビジネスモデルの構築に挑みます。持株会社であるキリンホールディングス主導のもと、グループ内外の組織能力を最大限に活用していきます。
これらの基盤づくりを実現し、将来の成長につなげていくため、既存事業から創出されるキャッシュは、優先的に成長投資に割り当てます。3年間の成長投資枠は約3,000億円としていますが、大半は酒類・飲料事業へ投資し、一部を「医と食をつなぐ事業」の立ち上げ・育成に割り当てます。
株主還元の更なる充実も2019年中計の基本方針の1つです。既存事業の利益成長による平準化EPSの向上と連結配当性向の40%以上への引き上げにより、安定的な配当継続と増配を目指します。さらに、キャッシュ創出や成長投資の状況などを勘案し、条件が揃えば、2018年度に実施した自己株式取得と同様、追加的株主還元を検討し、株主価値の最大化を図ります。
2016年中計同様、結果にこだわる経営姿勢を貫き、2019年中計達成につなげます。グループ従業員一人ひとりが社会との関わりを意識しながら新たな価値創造に挑むことによって、持続的な成長と企業価値の向上を果たしてまいります。
今後も一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。
代表取締役社長 磯崎 功典
1977年、キリンビール入社。サンミゲル取締役、キリンホールディングス経営企画部長、同社常務取締役などを歴任。2015年、当社代表取締役社長に就任。